第3回 「市場に寄り添い、需要を生み出す」
キーパーソン:マンダムフィリピン川北英男さん
マンダムフィリピンの川北さんに、フィリピンの日用消費財市場の特徴や現地に拠点を設けて行うマーケティングの利点を伺いました。
●川北英男さん
座右の銘/好きな言葉:「道」
“わが行く道に茨多し されど生命の道は一つ この外に道なし この道を行く”-武者小路実篤-
香港生まれ。幼少期をフィリピンと香港で過ごす。大学時代はアメリカで過ごすもアジアが好きだと再認識、いずれはアジアで働きたいと思う。アツイ思いが伝わり、株式会社マンダムに入社後、念願叶い、1995年にはフィリピン、1998年に香港に赴任。2007年にフィリピンに再赴任。
マンダムフィリピンの川北さんに、フィリピンの日用消費財市場の特徴や現地に拠点を設けて行うマーケティングの利点を伺いました。
編集部:幼少時代をフィリピンで過ごされたとか
川北さん:父の仕事の関係で、香港で生まれて、3歳の時に日本に帰国した後、幼稚園から小学2年生までフィリピンにいました。当時は戒厳令下で、午前中はインターナショナル・スクール、午後はまだ半日制だった日本人学校に通っていました。幼少の記憶は、生誕地の香港や帰国後の日本ではなく、フィリピンからです。
編集部:マンダムを就職先に選んだ理由は
川北さん:アジアにしか海外事業拠点がなくアジアで働けると思ったからです。マンダムへは入社前から『アジアで働きたい』と自ら訴え、入社の翌年にフィリピンに赴任。98年には香港に異動し、2007年からは現法の代表として2度目のフィリピン赴任となっています。
編集部:マンダムのフィリピンでの事業展開を教えてください
川北さん:マーケティング&営業担当として最初に赴任した1995年は、まだ丹頂(※マンダムの前身は丹頂株式会社)のポマードが主力商品でした。ちなみにポマードの市場は元々、華僑が日本から商品を持ち込んだことがきっかけだったようです。
その後ジェル市場がスタイリング剤で頭角を現し、日本で78年から販売を開始した若い男性向けの化粧品ブランド『ギャツビー』の、アジアでのブランド展開を進めるための投資が2002年に香港からスタート。フィリピンでは05年からミンダナオ島のダバオ市を試験地に選び、テレビ、ラジオ、ペディキャブなどを介して広告をうち認知度向上を試み、ここでの手ごたえを踏まえて06年ごろから本格的にギャツビー・ワックス(小袋)の販売を開始しました。
川北さん:購買力から判断して、アジアでは韓国、台湾、香港、シンガポールなどで販売している日本製ではなく、廉価なインドネシア製を持ってきています。広告面でも、映像コンテンツのほか、広告モデルもインドネシアのものを共有していますが、認知度の点で限界があり、日本における『キムタク』のように、誰もがかっこいいと認め憧れる、そんなローカルセレブリティを探しているところです。販売チャネルは、当地に昔から根付いている特有の小規模雑貨店、サリサリストアでの『トラディショナルトレード』と、それ以外の小売りチェーン店などを通じた『モダントレード』の2つに大別されます。ここ数年は、コアな顧客層となる10代の若い子を取りこぼしてしまうのを防ぐため、ワンコイン(5ペソ)で買える『サチェット(sachet)』と称する1回使いきりの小袋入りワックスの、サリサリストア(トラディショナルトレード)での展開を推進しています。
編集部:市場拡大につなげる特徴的な販促・啓もう活動を紹介して下さい