自然災害が多いフィリピンでも
保険業を通じて安心・安全を支え貢献を
マラヤン保険副社長/ 東京海上日動火災マニラ首席駐在員
マニラ日本人会会長
岡本 和典 氏
マゼラン船団のごとく、スペイン、メキシコそしてフィリピンと東京海上 の海外畑で保険業を推進する岡本氏。フィリピンの提携先、マラヤンイン シュアランスとの関係は?またフィリピンの保険業の動向は?本年4月 にマニラ日本人会の会長にも就任された岡本氏にお話を伺った
編集部
東京海上とマラヤンインシュアランスの提携の背景を教えてください。
岡本氏
今年は、東京海上がマラヤンインシュアランスと1964年にパートナー契約を結んでから、ちょうど60周年です。マラヤンインシュアランスは現存するフィリピンで最も古い損害保険会社であり、また東京海上の一番古いパートナーです。
これは「To Be a Good Company」を企業理念として掲げる東京海上とマラヤンのフィロソフィーが合致しているからだと思いますね。マラヤンインシュアランスが属するユーチェンコグループにはRCBC、EEI、Mapua大学などがありますが、グループのビジネスのスタートは損害保険業でした。ですから、東京海上とカルチャーが似ていて、「世のため、人のため」「お客様のことを考えて正しいことを正しく行う」「フィリピンの人の安心・安全を支えるために保険をまじめに浸透させていく」ということに真摯に取り組んでいる会社です。
現在のユーチェンコグループ総帥はミセス・ヘレン・ユーチェンコ・ディー、80歳の女性です。財閥のトップでありながら今でも毎日会社に行き、土曜日も日曜日も仕事をし、月1回の最終土曜日の朝の経営会議にも欠かさず出席。非常な資産家ですが、誰よりも仕事が好きで、誰よりも情熱にあふれている方です。マラヤンインシュアランスの社長はヘレン会長の甥御さんにあたるパウロ・アバヤ氏ですが、私は彼と二人三脚で働いています。日系企業のお客様向け専用組織として東京海上ディビジョンがあり、約50名の社員が所属しサービスをご提供しています。私自身はマラヤン本体の経営課題の解決がメインのタスクです。
私はこれまでスペイン、メキシコ、そしてフィリピンと17年間海外で仕事をし、海外現法の経営幹部に企業理念を学んでもらったり、会社のグローバル化を人事面で支えるグローバル人事部にいたこともありますので、外国の方と仕事をするのには抵抗はありません。特にフィリピンは日本と同じアジアですので、やりやすいのかなと思って来たのですが、ヘレンさんはじめ大御所の女性たちがずばずば、歯にものを着せないで厳しく指導をしてくれたのには正直驚きました(笑)。でも彼女たちは、誰よりも資料を読み込み、勉強もされている。すごく情熱があり愛情、ユーモアもあり、フィリピンでのビジネスを知り尽くした上でのアドバイスなのだとわかって、今はすごくありがたい事だと思っています。いつも新しい勉強をさせていただいています。
編集部
フィリピンの損害保険の現状はいかがでしょうか。また課題は?
岡本氏
フィリピンの損害保険はまだ発展途上です。数値で見ると、フィリピンの保険浸透率(総保険料/GDP)は僅か約1・7%であり、成長余地が極めて大きいですね。10年後の35年には現在の3倍以上になるだろうという予測も出ています。 現在の損害保険の内訳は、火災保険が約40%、自動車保険は30%程度で、35年には火災保険の占有率は横ばい、一方自動車保険の占有率は大きく伸びると予測されています。その他には傷害保険、物流保険など従来の保険に加えて、サイバー保険やD&O(会社役員賠償責任保険)など、欧米では一般的でもフィリピンではまだ浸透していない保険が伸びると予想されています。
フィリピンの大きな課題は自然災害です。火災保険は洪水、台風、地震リスクもカバーし、保険会社も保険料の算定に苦慮しています。5年、10年、または100年に一回起きるであろう巨大災害に備え再保険(保険の保険)を手当てしていますが、この再保険価格も現在世界的に上昇しています。フィリピンの台風オデット、タール火山噴火の被害は記憶に新しいところです。大きな災害時に、保険料を抑えつつ最適な補償をお支払いできるようにするのは、我々保険会社の使命です。
もう一つの使命は、事故を未然に防ぐ活動です。火災対策としてスプリンクラーの位置や防火戸の設置方法、盗難対策として盗難アラームやカメラの設置アドバイス、物流対策としては物品の堆積方法や輸送方法の指導に加え、自然災害対策についても、自社の専門部隊が、未然に事故を防ぐためのアドバイスをしています。
昨年、フィリピン保険監督庁の方が訪日し東京海上とも面談をされました。保険制度は日本の方が進んでいる分野です。民間企業の活動だけでなく政府が関与する取組も視察されています。日本の場合は、例えば地震による被災者の生活安定に寄与することを目的に、民間保険会社が負う地震保険責任を政府が再保険として引き受けています。これは民間だけでは引き受けられない巨大なリスクのためで、日本政府がインフラの一つとして、国としてもサポートしています。フィリピンも将来的に民間と一緒に保険制度を安定させていくことを考えているのだと思います。我々民間も、自分たちのビジネスだけでなく、フィリピン国民の安心と安全を保険業で支え貢献していくのが重要なテーマだと思っています。
編集部
グローバルに業務展開をするための、東京海上の取り組みは?
岡本氏
いろいろありますが、一つに、東日本大震災の被災地で行われる研修があります。これは、私がスペインから帰国して配属となったグローバル人事部で始めた取り組みです。当時、東京海上が海外で本格的に事業展開をして一定程度時間が経過した時期でしたが、、買収後のPMI(Post Merger Integration 買収後の統合プロセス)の観点もあって、海外現地法人の経営幹部の皆さんと同じ方向を向いて事業を展開するために、保険業の社会的な意義と必要性、当社の存在意義や事業の目的、企業理念について理解を深めるために始めた取り組みでした。同部門はこのような取り組みを含め、グローバル人事を総合的に検討するために創設された新しい部署でした。
その時はまだ震災から数年しか経っておらず、復興途中だったのですが、アジア、欧州、米州など世界中の経営幹部が出向いて、地元の代理店さんに実体験に基づいた講演を、同時通訳をつけて行っていただきました。代理店さんは、震災の中撮影された津波の映像を皆さん見せながら当時の状況を説明します。また保険業に携わる者として「お客様に地震保険を進めておけばよかった、こんな後悔は二度としたくない」当時書かれたそんなメモも見せます。皆さん、強い衝撃を受けられます。そして保険の意義や事業の目的を改めて認識されるようになります。
現東京海上の会長は、当時の私の上司だったのですが、会長が「世のため、人のため」になる活動をすべきだと常に言っています。純粋に人のため役に立つ、そしてお客様に選んでいただければ利益はその後から付いてくる。そしてその当時から企業理念として「To Be a Good Company」を使うようになりました。東京海上のフィロソフィーは、もともとそういうところが強くあって、これを海外にも広めていっています。
日本では大震災、さらには近年多発する台風や洪水の被害で保険に対する見方はだいぶ変わった気がします。フィリピンはじめ世界中でも、気候変動の影響で自然災害が多発しています。私たち損害保険会社は原点に立ち返り、我々の存在意義を日々考え、地域社会やお客様のためにもっともっと貢献する必要があると強く感じます。
編集部
4月からマニラ日本人会の会長に就任されました。どんな活動をしていきたいですか。
岡本氏
マニラには私のように駐在員として滞在している方のほかに、そのご家族、あるいは駐在ではなく長くフィリピンに住んでいる方など、いろんな方がいらっしゃいます。その皆さんがフィリピンで生活しやすい、楽しく、例えば孤独を感じないで暮らすことができるようなお手伝いができたらと考えています。マニラ日本人会では昨年から、生活サポートオリエンテーションを始めフィリピンでの生活立ち上げやネットワーク作りをサポートしています。また世代を超えた多くの方に会員として交流していただくために、ソフトボール大会に加えて、フットサル大会も始めました。
フィリピンの方との交流もさらに促進していきたいですね。この3月にマニラ日本人学校で行われた盆踊り大会では、初めてオフィシャルにフィリピンの方にも開放しましたが、5000名もの方が参加してくださいました。
新しいイベントや活動などを含めて、これから皆さんのご意見をお聞きしながら新しい取り組みを進めて皆さんの交流も増やしていけたらと考えております。
編集部
パンデミックの間、ご家族とともにフィリピンに駐在されていたとお聞きしています?生活はいかがでしたか?
岡本氏
家族とのつながりが強くなったと思います。当時弊社は、社員とその家族の帰国は本人の決定にゆだねており、私の家族は、フィリピンに一緒にとどまることを選択しました。フェイスシールドをつけても外にでることすらできない時期もありましたので、家の中でそれぞれが協力して楽しく過ごす工夫をしていました。私もマラソンはコンドミニアムの階段を走ったり(笑)。今思えば貴重な時間で、家族の在り方が変わったように感じています。普通に戻ると皆忙しく一緒に過ごす時間も減ってしまっていますが、あんなに密に家族そろって過ごせたことはありがたいことですし、家族の人生の中でもすごく貴重な時間だったと思います。
【プロフィール】
岡山県生まれ。関西学院大学経済学部卒、1992年東京海上火災入社。松江支店、大阪支店、スペインバルセロナ留学、スペイン駐在、本社グローバル人事部、メキシコ駐在を経て、2019年4月から現職。24年4月からマニラ日本人会会長。
【枕頭の書】
大谷翔平も影響を受けたといわれる中村天風の「運命を拓く」など。稲盛和夫も同様のことを言っているが、お金儲けを目的するのでなく、「世のため人のため」、「利他」の精神で活動すると、それが結局はまわりまわって自分に返ってくる。仕事をする上で大切にしている信条です。
【座右の銘】
マラソン。朝自宅近くのビレッジやユニバーシティマカティでほぼ毎日走っています。フルマラソンでは過去に3回3時間切り(サブスリー)達成。ポッドキャストを聞いたり、考え事をしながら走る時間は、リフレッシュできる大切な時間です。