一人でも多くの命を救うため、
日本のものづくりで医療の進歩に取り組む
【プロフィール】
テルモ・フィリピンズ・コーポレーション
社長 久保田 徹さん
1954年長野県生まれ、名古屋育ち。1978年に「テルモ株式会社」入社。入社直後に念願の工場勤務 になり、そ の後本社でマーケティングを担当。中国工場の立ち上げを経験した後、2013年1月1日付けでフィリピンに着任。趣味はフィリピンに来 て始めたゴルフなど。
好きな書籍
三品先生の本は何度も読んでおり、「経営は10年 にしてならず」や「経営戦略を問いなおす」などは マーカーだらけになっています
----------------------------------------- --------------------------------------------------------
世界中で急速な進歩を遂げる医療業界。厳しい規制やルールがある中で日々技術を進化させ、世界と戦う日本を代表する企業。 企業理念である「医療を通じて社会に貢献する」をモットーに、フィリピンにおいて強い使命感をもって戦う「テルモ・フィリピンズ・コーポレーション」社長の久保田 徹さんにお話を伺いました。 (取材後の異動により、現在は日本へ帰国)
編集部● テルモに入社されたきっかけは?
久保田さん● 学生時代から「社会貢献できる仕事に従事したい」と考えており、 医薬や医療に関する企業へ就職活動する中でご縁があり、テルモへの入社を決めました。入社後は念願の工場勤務となり、 購買や物流、工程管理、生産管理、商品企画などを経験した後、本社部門でマーケティング責任者を任されました。 その後、中国工場の立ち上げではプロジェクトリーダーとして初めての海外赴任を経験し、 帰国後に甲府工場の工場長を8年ほど担当。フィリピンには前任者の帰国にともない着任し、フィリピンの代表として業務を遂行しています。
編集部● テルモの海外展開についてお聞かせください。
久保田さん● 現在、世界160ヶ国で販売されており、生産は日本を含め25拠点に展開しています。 1970年代から欧米に進出し、1995年の中国進出以降アジア展開を強化しています。 フィリピンでは、針や注射器を中心に生産しており、ここから世界に出荷しています。
編集部● フィリピンに進出した理由は?
久保田さん● 中国に進出した際、同時に他のアジアでの進出先を模索していました。 フィリピンへの進出理由は、「英語が使用できる」「PEZAの対応が良かった」「人材が採用しやすい」の3点です。 英語で世界とやり取りできることが、他の拠点にはない大きなアドバンテージになります。 言葉の壁を感じることなく、直接やり取りができることはビジネスを行う上で大変重要だと感じています。
編集部● フィリピンにおける医療機器の現状は?
久保田さん● フィリピンの医療は進歩しており、最新医療を導入している病院などもあります。 特に、いくつかの先進的な病院は機材や機器が大変充実しており、日本からお客さんが来た際は見学などもしています。 医療の進歩により、従来は入院が必要とされた手術も即日退院が可能となることで、医療費の低減につながっています。 全体の医療レベルは、まだ日本ほどでは有りませんが、急速に発展しているのを感じます。
編集部● フィリピン国内で力を入れている商品は?
久保田さん● 一般的な針や注射器は既に広く行き渡っており、現在は心臓カテーテルや血液関連商品、 セーフティ機構の付いた注射針などに注力しています。 アメリカでは規制が厳しくなり、セーフティ機構のついた商品しか使えない州なども増えてきています。 コストは高くなりますが、医療従事者の健康を意識した取り組みが世界中で進んでいるため、 フィリピン国内においてもそういったターゲットに向けた商品を販売しています。
編集部● 販売は好調ですか?
久保田さん● 当社の注射器は、フィリピン国内で半分以上のシェアを獲得しています。 その背景として、この国も少しずつ裕福になってきており、高品質の商品を求める消費者が増えてきています。 この流れは当社にとって市場拡大に繋がるので、売上を伸ばしていく上ではすごく面白いように感じます。
編集部● フィリピン工場に着任された際の第一印象は?
久保田さん● 日本と大きな違いは感じませんでした。 というのも、こちらの工場は日本と同じような設計で造りました。医療機器を製造する場合、世界各国の規制が厳しく、 クリーンルームや環境測定などの製造管理に関する基準がたくさん設けられています。 そのため、世界各地にある工場も同じような設計にする必要があります。 あと、ミリエンダには驚きました。当社の場合、約2000人の従業員が交代で食事に行くので、常に食堂には人がいる状態です。
編集部● 生産体制や品質を維持・向上させる上で、どのような活動に取り組んできましたか?
久保田さん● 生産については、医療業界で定められたGMP(医薬品等の製造 管理および品質管理に関する基準)に基づき、手の洗い方から クリーンルームの入室方法、材料の使用方法、トレーサビリティ までを徹底しています。また、TPM(Total Productive Maintenance/Management)と呼ばれる社内原則のもと、設備保全や生産改善活動を定期的に実施することで、人の育成と安定した生産を追求しています。 品質については、ISOや欧州医療規制、FDA(米国食品医薬品局)規制などの厳しい基準を徹底的に守るため、会社でさまざまなルールを設けています。品質を維持・向上させる大前提として、従業員はそういった各国の規制や会社のルールをしっかりと理解する必要があるので、社員教育には特に力を入れています。入社後の研修プログラムやスタッフ向けの現場実習、日本への研修生の派遣を通じて、製造工程や技術、品質に関する教育を行っています。また、朝礼時には企業理念やステートメントについて唱和も行っています。
編集部● そういった活動の過程で、苦労している点などは?
久保田さん● 現場で働くローカルスタッフなどは入れ替わりが激しく、その度に社員教育が必要となるので大変です。そのため、業務のマニュアル化やシステムの構築に加え、ローカルスタッフの強化に取り組んでいます。
編集部● 製造業として生産拠点をフィリピンに置く「強み」とは何でしょうか?また、他の工場との違いや差別化している点などがあれば教えて下さい。
久保田さん● 英語でのビジネスが容易なことに加え、人の採用もしやすいと感じています。ただし特定の技術・技能系の人材は、進出企業が増えるにつれて大変になって来ています。
編集部● 中期経営計画の達成に向けて、フィリピンで強化している取り組みは?
久保田さん● 一番大事な事は、フィリピンでの生産拡大です。簡単な事ではありませんが、中期的な計画の中で少しずつ増やしていく予定にしています。
編集部● フィリピン市場に感じることはありますか?
久保田さん● 地場産業が発達していないため、困っています。 例えば、組立装置などの簡単な機械を作りたい場合でも輸入に頼ることになり、結果的にコストが高くなってしまいます。 中国での駐在員時代には「何でもあるけど何にもない」と感じましたが、フィリピンにも同じことが言えます。 こういった状況の解決に向けて、基盤産業の育成などを政府には期待しています。
編集部● 経営において注意している点は?
久保田さん● ローカルスタッフとしっかり意思疎通を図ることを意識しています。 また、「フィリピン人をマネジメントするのはフィリピン人」だと思っているので、そういった人材を育成していくことが必要だと認識しています。 そのため、意見交換や議論する機会を積極的に設け、意思決定の背景やテルモ社員としての考え方などを理解させています。
編集部● ローカルスタッフにやる気を出させる方法はありますか?
久保田さん● 技能者を対象に、技能レベルを30段階で評価する仕組みがあります。 指標を明確にし、手当などに反映させることでモチベーションの向上に貢献していると実感しています。 また、米の支給は大変盛り上がります。 当社には、計画を達成すると米を支給する「ライス・ライス・ライス」と呼ばれる制度があり、四半期ごとに実施しています。 さらに、約900名の正社員を対象とした誕生日会を毎月2回開催しています。 ゲーム大会や食事会、職場見学などをセッティングし、従業員家族も招いているのですが、彼らの両親は子供の仕事風景を見て、涙を流して喜んでくれます。 最近では私のアイデアで、誕生日会に参加できなかった家族からサプライズで電話をかけてもらう演出をしました。 その際、「こんなことをしてくれる会社は初めてだ」と彼らが大変喜んでくれたのが印象に残っています。 他にも、アウティングでの従業員全員での遊園地旅行やクリスマスパーティーの開催など、彼らのやる気に繫がるような福利厚生を充実させています。
編集部● 海外で働く日本人に対して、思うことや感じることはありますか?
久保田さん● 「日本に戻るまでに何ができるか」を常に考え、 帰国時に「ここまでやりきった」と言い切れる何かを残してほしいと思います。 海外駐在員の使命は、決められた期限の中で一定の成果を出すことなので、日々の業務に埋没するのではなく、 明確な目標設定やイメージを持つことが大事だと感じます。
編集部● 座右の銘は?
久保田さん● 座右の銘というほどではありませんが、「戦略は、頂に座する者に宿る」です。 神戸大学の三品先生がおっしゃった言葉ですね。 会社では「戦略」という言葉をよく使いますが、「戦略」は部下に考えさせて批判するのではなく、社長自らが戦略を立てる必要があるという教えで、 経営者としてのあり方などについて考えさせられます。
編集部● 今後の展望や夢についてお聞かせください。
久保田さん● 「この会社を代表するローカルスタッフを育てること」が現在の夢です。 テルモ・フィリピンズの代表として、日本人社員と対等に議論ができるようになってほしい。 中国では、工場管理を現場から叩き上げのローカルスタッフなどが担当しているため、この国でもそれができると信じています。