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【記念企画】ビジネス烈伝・在フィリピン日本国大使館 越川和彦大使

“現フィリピン政府の外資優遇施策を背景に日本の優れた技術を活かして相互発展を”

 

在フィリピン日本国大使館
越川 和彦 大使

 

 

 

2020年11月、パンデミックの最中に在フィリピン日本国大使館大使に着任された越川大使に、フィリピンにおける日系企業の活動の現状と、今後のフィリピンの成長と日系企業にとって重要な視点などをお聞きしました。

 

 

編集部

 

フィリピンの印象をお聞かせください 。

 

越川大使

 

フィリピンは日本と非常に関係性が深い国です。またインドネシア、ベトナム、マレーシアとともに南シナ海における中国との関係において重要度が増している地域でもあります。私にとってアジアで初めての着任地で、非常に新鮮ですね。

 

 

編集部

 

ご着任は、まさにパンデミック最中ですね。

 

越川大使

 

着任当初、大使公邸ではアクリルボードを設置し要人をご招待していましたが、多くのゲストを集めての催しはできませんでした。制約のある中でしたが、着任後すぐにマニラの英雄墓地にある無名戦士の墓、カリラヤの戦没者慰霊碑に供花を行いました。また公務でコタバト、セブ、 ダバオ、バギオ、イロコス・ノルテなどをPCR検査を毎回受けながら訪問しました。
大使館は、日本人の安全と健康、財産を守るのが最重要課題です。この状況下で在留邦人の方から要望が多かった日本承認のワクチン接種の機会をフ ィ リピン政府の支援のもと、マニラ日本人会、フィリピン日本人商工会議所の協力を得つつ実施できたのは非常に有難いことでした。

 

 

編集部

 

コロナ禍を抜けつつある現在の印象は?

 

越川大使

 

エンジンがかかってきたのではないでしょうか。コロナ罹患者も公表されている数字を見れば落ち着いてきていますし、 企業活動も再開、学校も対面授業が始まりました。GDP成長率などの数字にも如実に現れていると思います。

 

 

編集部

 

日系企業のフィリピンでの活躍状況は?

 

越川大使

 

日本は、首都圏の通勤鉄道、地下鉄など公共交通網の整備を強力に支援しています。フィリピンは他のASEAN諸国に比べてインフラ整備が出遅れており、公共交通網の整備、特に地下鉄は50年来の悲願です。この点、日本は世界に誇る鉄道技術等を有しており、フィリピン政府は日本に対し全面的な支援を求め、整備が着々と進んでいます。
またアメリカ、フィリピン、日本をつなぐ海底ケーブル・ジュピターの建設、IT技術を活用したモビリティ・サービス会社の設立、液化天然ガス(LNG)基地建設、再生可能エネルギー導入や電力安定化に係るプロジェクト、 投資など、明るく力強いニュースが多いですね。

 

 

編集部

 

今後のフィリピンの経済発展の可能性は?

 

越川大使

 

歴史を振り返るとASEAN諸国が産業インフラを整備し、 経済的にテイクオフする中で、 フ ィ リピンは出遅れました。しかし、前政権によるビルド・ビルド・ビルド政策に始まり、現政権下でもGDPの6%強をインフラ投資に振り向け、産業基盤整備を加速しようとしています。パンデミックのブレーキが外れれば、経済発展は更に加速していくでしょう。
制度的な面では、国内企業への法人税率がCREATE法の成立で25%に引き下げられ、ASEAN諸国と比べ競争できるレベルになりました。また、小売り自由化法、公共サービス法、外国投資法を改正する3法の施行で、外国投資の積極的な受け入れ姿勢が明確になりました。前政権以降、治安がかなり改善していることも、フィリピンへの投資の後押しになると思います。

また今回のパンデミックを経て、強靭なサプライチェーンの構築の重要性が強く認識され、中国に集中していた生産拠点を今やフィリピン、ベトナムなどASEAN諸国に移す動きが強まっています。
そして何よりフィリピンが民主主義国家であることは大きな要素です。以前のグローバリズムの時代は終焉しつつあり、同じ価値観を持った国家間での協力・技術開発の推進へと徐々に向かっています。自由民主主義を共有できる国として、フィリピンはまさにその国に当たりますし、2050年まで人口ボーナスが続く国はアジアにはないと思います。

 

 

編集部

 

日本企業の皆さんへメッセージを

 

越川大使

 

これからは日本の中小企業の海外進出支援が重要だと考えています。日本は高齢化に伴う需要の減少等が大きな課題ですが、中小企業が持つ優れたノウハウ、技術や製品を必要とする発展段階の国が多くあります。 中小企業にとって、海外進出を考える際、信用、投資資金、言語、異なる商・法制度など壁は大きいとは思いますが、JICAやJETROなども、 その高い障壁を下げる支援をしています。公害対策につながる水質検査や廃棄物処理ノウハウなど、途上国など外からは見えにくい事業もJICAが紹介し、その国で必要だとわかれば事業展開することが可能です。

ODAを使った事例として、イロコスノルテへの「黒ニンニク」の製造企業の紹介事業があります。イロコスノルテはフィリピンにおけるニンニクの一大生産地ですが、そのイロコスノルテで、JICAの中小企業支援事業を通じて青森県の「黒ニンニク」製造企業を紹介し、現地で生産のデモンストレーションを行う方向で話が進んでいます。現地からみれば、生ニンニクを生産するだけではなく、黒ニンニクに加工することで付加価値をつけられるわけで、それを需要がある日本で販売することができれば、同地域の経済発展に寄与します。日本の企業にとっても、事業の見通しが立てば、融資を得て現地に製造工場をつくり、事業を拡大できる可能性もあります。
もう一例は山梨県の健康食品会社の「桑の葉パウダー」です。桑の葉をパウダー状にしたものは、青汁のような健康食品、ドリンク等に用いられており、日本の大手健康食品会社などで非常に需要があります。一方、山梨県での労働力や栽培面積に限りがあり、JICAの支援事業を通じて、フィリピンでの製造の可能性を追求しており、現在、パンパンガ国立農業大学と連携して製造を始めています。

中小企業も、一国一城の主として、海外にノウハウ、技術、製品を出すことで、ひいては海外での生産にも繋がり、また、同時に国内での設備投資、R&D、雇用も活性化するわけです。先ずは、国内市場+途上国 一カ国で活動する企業になって欲しいと思います。

 

 

編集部

 

日本とのインバウンド、アウトバウンドの可能性はどうでしょうか。

 

越川大使

 

パンデミック前はフィリピンから日本への旅行者は年間61万人、日本からフィリピンの旅行者が68万人(2019年)でした。コロナ禍による規制が緩和されれば、両国の旅行者数は急速に拡大するのではないかと期待しています。近い将来、旅行者数100万人達成も夢ではないと思っています。 また、現在、日系大手不動産開発会社はフィリピンのカウンターパート企業と共同して、日本のブランド住宅をフィリピンで広めようとしています。

一方、日本の最大のチャレンジは人口減少です。フィリピンにはうらやましい限りの豊富な労働力があります。 技能実習生、特定技能労働者の送り出しの面でも、フィリピンは大変頼りがいのある国です。最低限の賃金で労働力不足を補うという発想ではその内、誰も日本には来てくれなくなります。技能実習の本来の目的に沿 って人材育成を行うことで、 技能実習生がフ ィ リピンに戻ってから、 日本の中小企業のブランドを背負って働いてもらうことも可能です。これが現実になれば、フィリピンから日本にも優秀な人材が安定して来てくれるようになるでしょう。

外務省は2000年代初頭の改革によって大使公邸開放と個別企業支援の方針を掲げました。フィリピンでも日本企業の方に機会があれば公邸を使っ て下さいとお伝えしています。新商品や合弁事業の発表等、遠慮せず利用して頂ければと思います。日本も官民、時を逃さず、果敢に決断して実行していかなければ、他国との関係でどんどん取り残されてしまいます。企業の皆様とタッグを組んで日本企業の進出、あるいは日比間の合弁事業の促進を図 っ ていければと考えています。

 

 

編集部

 

越川大使はアンゴラに駐在されていた時に、アンゴラで起業を薦める論文を書かれていますね。(「衰退する日本でないために、アフリカで企業戦士たれ!」(AFRICA 2009アフリカ JULY & AUGUST vol.49)。

 

越川大使

 

私が少し危惧しているのは、現在日本では海外に出ようとする人が私の世代に比べて減っているように感じることです。アンゴラの在任中、現地の日本人は大使館職員を含めて50名だけでした。他方、中国にとりアンゴラはサウジアラビアに次ぐ石油輸入先でした。当時、アンゴラには、5-7万人とも言われる中国人が居住し、建設現場などで働いていました。韓国人も相当数が居住しており、多様なビジネスに関わっていました。日本人が、「日本株式会社」とか「ワーカーホリック」とか「企業戦士」と言われた時代がありましたが、当時のガッツを持ってほしい、そう思って地球の反対側から叫んでいました(笑)。これが論文執筆のきっかけになりました。

(取材:2022年8月22日)

 

 

プロフィール

1956年生千葉県匝瑳市生まれ。 一橋大学法学部卒業後、80年外務省入省。 在米国、在イラン大使館勤務後、 森内閣の内閣副広報官を務め、2001年在ニューヨーク総領事館広報文化センター所長。06年財務省副財務官、08年駐アンゴラ大使を歴任後、国際協力局長、大臣官房長。14年駐スペイン大使、国際協力機構(JICA) 副理事長等を経た後に、20年11月から現職。

【座右の銘】
若い時は 「夢」 を、 その後は「情熱」を!

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