出資先地場銀行とのコラボレーションを通じ
フィリピンと取引先企業の成長に貢献。
三菱UFJ銀行マニラ支店 支店長
橋田 武志 氏
従来からの強みであるグローバルネットワークを活かしつつ、2016年には地場銀行セキュリティーバンクにも戦略的に出資。フィリピンで「グローバル x ローカル」のアプローチで着実に金融ビジネスを拡大する三菱UFJ。その展開は?今後の動向は?2021年から2度目の赴任でマニラ支店長として活躍する橋田氏にお話を伺った。
編集部
フィリピンへの赴任は2度目ですね。
橋田氏
はい、2012年から4年半マニラに駐在し、その後シンガポールに転勤しましたが、2021年にまさかのバリクバヤンで第2の故郷に戻ってきました(笑)。2017年にマニラから異動する際、「営業も企画も自分なりに充分やりきった!マニラ卒業!」と思っていたので、いざ再赴任の内示をもらった時は「えー、またあの国に戻るのー。もう一回気持ちを巻き直すの無理ー!(泣)」と思いました(笑)。しかし2週間のホテル隔離から解放されて、4年振りにマカティの街並みの空気を吸い、屈託のない人々の笑顔に再会し、オフィスで旧知の仲間やスタッフにWelcome back!と迎え入れてもらった瞬間、「自分はフィリピンと縁があるんだ。この国のために、この仲間たちのために、精一杯頑張ろう。自分はなんてラッキーなんだ」と思いました。 ちなみに1回目の駐在時は、最初の3年間は日系営業の次長、残りの1年半は企画課の次長として、2016年に20%出資したSecurity Bank Corporation (SBC)との協働戦略の立案に携わっていました。
編集部
SBCへの出資の経緯や戦略について教えて下さい
橋田氏
SBCは上位行では唯一の非財閥系で、総資産規模では10位の中堅銀行です。新興国の成長を取り込んでビジネス機会を拡大したいMUFGと、グローバルバンクの経営手法やネットワークを活用してランクアップを目指したい両者の思惑が一致し、2016年1月MUFGが当時のレートで約900億円出資することが発表されました。かなり厳重に情報管理をし、マスコミ対策も行っていたのですが、日経の一面にかなり大きくすっぱ抜かれましたね。前日の夜中12時前に支店長から「明日の日経朝刊の一面に出ちゃうよ…」と電話があったことを覚えています。
当時私は日系課に所属しながら水面下でこのプロジェクトの現地マネージャーにアサインされ、支店内のごく限られた数名と本部の人間で秘密裏に進めていました。忘れもしない2015年12月、久々に一時帰国し義理の両親に温泉旅行に連れて行ってもらう予定だったのが、急遽案件が動き12月にプレス予定となりました。せっかく取ってくれた旅行をはなからキャンセルするわけにもいかず、行くのは行ったものの2日目の早朝5時前に一人だけ先にマニラに帰らせてもらうことにしました。でも、なんせ理由が言えません。「ちょっと忙しいんです」としか言えず、家族にもやや疑惑の目を向けれられました。「ほんとにそんなに忙しいの?なんかあんの?」と(笑)その後、日経の記事が出てドヤ顔で「これだったのよ!」と言えた時は本当にすっきりしました(笑)
編集部
直近の企業買収や、投資誘致に係る動きを教えてください。
橋田氏
MUFGでは、2022年に当地で船員向け金融プラットフォーム事業を手掛けるMarCoPay社へ出資し、出向者も1名派遣しています。今年6月には消費者金融ホームクレジット社(本社オランダ)の子会社・ HC Consumer Finance Philippinesを子会社化し、7月にはMUFG・SBC・比投資委員会(BOI)の三者間で投資誘致に係る覚書も締結しました。近隣諸国に目を向けると、インドネシアでは同じくホームクレジット社のインドネシア現法や自動車ローン大手のマンダラ・マルチファイナンス社の買収を行い、決済サービスAkulakuにも出資しました。
これらの根底にあるのは「新興国の成長を取り込みながらビジネスを拡大し、その国の発展に貢献する」というアスピレーションです。MUFGではアジアを第2のマザーマーケットと位置づけ、フィリピンだけでなく、タイ、インドネシア、ベトナムなどにも子会社や出資先を複数保有しています。これは、発展中の国や成長余地のある地域でビジネスを追求、拡大することにより、その国々の発展を直接間接に後押しし、自分達も成長するという考えに基づいています。このように買収や提携を活用したアプローチはインオーガニック戦略とも言われますが、グローバル企業としてのMUFGと、出資先が持つ地場企業ならではの現地ネットワークや特性を融合することでMUFG独自の強みを発揮していく狙いがあります。
編集部
現在の課題、今後の展望を教えてください。
橋田氏
フィリピンはMUFGの中でも珍しい「3つのエンティティ」が存在する国です。その3つとはMUFGマニラ支店、他拠点の事務代行(BPO事業)を行っているグローバルオペレーションセンター(GSOC、2018年開業)、そしてSBCです。これら3つの機能を最大限活用し効率的な経営を実現すること、そしてお客様に対してMUFG・SBC双方の特性を活かしたワンストップかつ高品質のサービスをご提供することこそが最重要課題と考えています。
前回赴任時にSBCとの協働戦略を立案していた際、私はSBCにはジャパンデスクが必要だと感じていました。米国駐在時に日本語サービスの有難さやそのバリューを顧客として経験していたからです。2019年にはSBCにもジャパンデスクが設置され、MUFGから派遣されている6名の出向者のうち3名が在籍しています。お客様に対して、日本人駐在員が直接ご対応させて頂けることが私たちの強みの一つとなっています。 外国銀行としてMUFGマニラ支店が影響を受ける現地規制や、それによる条件面での制約等により、MUFG単独では優位性を最大限に発揮するのが難しい局面もあります。そのような場合、より資本金が潤沢で、MUFGが取引のない地場中堅企業などにも入り込んでいるSBCへ連携することでお客様のご要望にお応えできるケースも多くあります。逆にMUFGサイドの強みを活かし、国を跨いだビジネスマッチングといった取組も行っていますが、「グローバルのMUFG」と「ローカルのSBC」の使い分け、「いいとこ取り」をして頂けることこそ我々のセールスポイントです。是非ご活用をお願いします!
フィリピンは今後も高い経済成長が見込まれ、各種規制緩和の進展なども期待されることから、日本含む外国企業による投資拡大が展望できます。日比の歴史的な友好関係や地理的な近さもあり、今後フィリピンが日本からの投資対象国としての魅力を更に増すことを願っています。MUFGもグループを上げてフィリピンと日本の発展に貢献していきたいと考えています。
編集部
個人的なことをお聞きします。そもそも銀行に就職されたのはどうしてでしょうか。またどんな業務を担当されてきましたか?
橋田氏
海外で働きたいと思い商社等を中心に就職活動をする中で、たまたま三和銀行(当時)のOBの方々にお会いしました。銀行員らしからぬ方が多く、出てくる人出てくる人皆大変個性的で、なんだか面白い人や変わった人たちばかりだなこの会社は、と(笑)「個性と人間力で勝負」「The銀行員はいらない」という非財閥系ならではの自由な感じの社風に共感しましたが、そのままずるずると引きずり込まれ、気が付いたら就職活動も終了していました(笑)。氷河期に入っていたので有難いことではありましたが。そこから数年を経て4つの銀行が合併してゆき現在のMUFGになりました。
ちなみに、私は海外に住んだことはありませんでしたが、割と小さいころから海外のものと接点はあり、その頃から漠然と将来海外で働いてみたいと思っていたかもしれません。元々通っていた中高一貫校では英語教育に力を入れており、外国人の先生とも多く関わる機会がありましたし、私の入っていたサッカー部の先生は金髪のポーランド人でした(笑)小5の時に不慮の事故で父を亡くしましたが、その父もある企業の国際部門の次長職を務めており、来日した外国の方々をアテンドした際の写真を見せてくれ、「かっこいいな、自分もいつかこんな風になりたいな」と子供ながらに思いました。また、兄の影響で小学校高学年の頃から洋楽を聞いていたこともあり、日本にいるだけでは面白くないなと感じていたことも関係しているかもしれません。大学の卒業旅行で訪れたカリブの島国ジャマイカでは、貧富の差やたった一日で大きく変わる為替相場、経済の変動など、自分の知らない世界が広がっていました。中国の安徽省の地方都市に行った時も、ものの考え方やカルチャーの違いに衝撃を受けました。そのような経験もあり、銀行入行後は海外支店に勤務したり、ストラクチャードファイナンス、トレードファイナンスなどのグローバルな業務に就きたいと考えていました。
入行後、最初は法人営業で基礎を学び、関西の支社で9年間働き、2003年には初めての海外赴任としてロサンゼルス支店に着任しました。日系企業のLA現法向け営業を担当していましたが、当時LAには日系自動メーカーの米国統括会社が多く所在しており、取引金額や規模も大きく非常にダイナミックでした。
その後、東京に戻り本社のストラクチャードファイナンス部というところでプライベートエクイティファンドの業務を担当しました。成長が著しい東南アジア各国のインフラプロジェクトに出資する投資ファンドを立ち上げる業務に携わりましたが、紆余曲折を経てディールをクローズさせるのに2年以上を要し、今思い出しても胃が痛くなるような大変な日々でした。一方で、グローバルなファンドやそこにいる名だたるプレーヤーとの交流を通じて貴重な経験を積むことができ、学びも非常に多かったです。
編集部
橋田さんがビジネスパーソンとして大切にされていることを教えてください。
橋田氏
「志」を持ち、それを高く保つことです。自分はこうありたいという思いをいつも掲げ、そのために自分は何をどうすべきなのか?を考えるようにしています。ビジネスにおいても、「このお客様と今どうなりたいのか、そして究極的にはどうありたいのか?」と表層的ではなく将来のあるべき姿まで見越して向き合うことで、上っ面の提案ではなく、お客様へ真のソリューション提供ができると思います。これは入行後に関西のある支店で、本当に難しく、厳しい(そして温かい?)中小企業の方々との仕事を通じて身をもって学んだことです。今後もこれまでの経験を活かし、皆様の発展に微力ながらも貢献してゆきたいと考えております。
【プロフィール】
1970年生まれ、同志社大学法学部法律学科卒。1994年入行。大阪、ロサンゼルス、東京勤務ののち2012年マニラへ赴任。2017年シンガポールへ異動、アジア企画部特命部長を経て、2021年6月から現職。
【座右の銘】
「不可能は神が決める。しかし人間の意志は不可能を可能にする」 20年来のMLBファンですが、これは先天性右手欠損というハンディを抱えながらも、高校時代はアメフトと野球の二刀流、オリンピックでは決勝で日本相手に先発完投し金メダル、メジャーリーグでもヤンキースでノーヒッターを達成するなどして大活躍したジム・アボット投手の言葉。不可能ということはない、全ては自分次第だと教えてくれる。
三菱UFJ銀行マニラ支店 WEB:
https://www.bk.mufg.jp/global/globalnetwork/asiaoceania/manila.html