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ビジネス烈伝 みずほ銀行マニラ支店 支店長 松尾 健 氏

情報提供を核に、プロアクティブな活動で
お客様にサステナブルなサービス提供を!

 

みずほ銀行マニラ支店
支店長 松尾 健 氏

 

 

 

みずほ銀行は、フィリピンで外資銀行のライセンスが解禁となった1995年に、その前進の富士銀行がいち早く支店を開設。今年で29年目を迎える。節目の30年目に向けて目指すところは?2回目の赴任で通算10年のフィリピン歴、趣味の旅行では110カ国以上を旅している松尾氏にお話を伺った。

 

 

編集部

 

フィリピンへは2度目の赴任ですね。

 

松尾氏

 

最初の駐在は2001年から7年半です。当時フィリピンは外部格付けでまだ投資適格にいたっておらず、当時の外資系金融機関としては、地場のお客様との取引は限定的で、日系のお客様の仕事が中心でした。生産拠点設立等、一般の投資案件に加え 、ODA(政府開発援助)案件がピークで、頻繁に日本からお客様がいらして、経済がじわじわと伸びていくのを実感しました。

2度目の今回は21年4月、13年振りにフィリピンに来て実際に見たメトロマニラは様変わりしていました。BGCの街並みが整備され、治安も格段に良くなっており、想像以上の発展ぶりで新興国の経済発展の底力を肌で感じました。フィリピンは2013年に投資適格となり、フィリピン地場のお客様も増えて支店規模も大きく伸張しました。私の初めての海外赴任地で、その体験があって今がある、フィリピンに恩返ししたいという気持ちはとても強いです。

 

 

編集部

 

現在どのような業務をされていますか。

 

松尾氏

 

我々の使命は、日系のお客様に対する金融サービス、そして地場やマルチナショナルのお客様への金融サービス、これが両輪です。

みずほはお客様と「共に挑み、共に実る」ことをパーパスと定めております。お客様と対話し、情報提供をしながら信頼関係を構築していくスタイルですね。フィリピンは法人様へのサービスについては、みずほの各エンティティの総力を結集してやっております。シンガポールや日本から、各分野の専門部隊が毎週当地に出張し、ESG(Environment・ Social・Governance)をはじめ各種コンサル、情報提供を実施させていただいております。尚、リテールではデジタルバンクTonikへも昨年出資を行いました。

またコロナ後にはオンラインミーティングや在宅勤務など、リモートでのご対応も可能になっています。然様な中ですが、日本人の営業担当には、お客様との直接の接点を多くして、その中でコンサルティング的な業務を強化して行こうと話しています。プロアクティブにお客様に接していくこと、そして一回の関係で終わるのではなく、ずっと続くサステナブルな関係を構築していくこと。これがみずほマニラ支店の一つのキーワードです。本来の我々銀行の目的と存在意義をもう一度再認識し、やるべきことをやる、それにつきますね。

そのために重要なのは情報提供を通じ、お客様に寄り添うことだと思います。一例をあげると、我々は毎日為替情報を配信していますが、為替動向とともに、最後に「今日のひと言」を派遣社員が持ち回りで書いています。フィリピンに関係する柔らかい話がメインで、『フィリピンあるある』を赤裸々に書いてみたり。始めて約2年、幸いご好評をいただ いています。まだお会いしたことのなかった遠方のお客様と先日初めて対面でお会いした際、初めて会った気がしないね、とおっしゃっていただいたことは大変励みになりました。銀行として、たとえば為替で常に最高のレートを提供するのは難しいことですが、一方、情報提供やコンサルティングは基本プライスレスです。そこをがっちり、効果的に使っていただき、みずほにメリットを感じてくださるようなサービスを提供すること、それが銀行として地に足がついているのかなと思っています。

 

 

編集部

 

ローカルエンプロイーに対する指導は?

 

松尾氏

 

フィリピンの皆さんはアウティングやクリスマスパーティなどのイベントの時、本当に輝いていますね。指示がなくても、自分たちで企画も立てるし、踊るし歌うし。それがまたすごく手が込んでいて、皆が楽しめる工夫をしています。私はそれがこの国で働くスタイルとしては理想なのではないかと思います。私は方向性や狙いなどを明確に示し、納得を得たうえで、あとは皆さんで進めてもらい、最後責任は私が持つ、それがフィリピンにおけるプロアクティブな働き方だと考えています。

たとえば私は営業のみならず事務担当のローカルエンプロイ―に積極的にお客様のところに同行してもらい、実務担当者の方と話をして改善点を指摘していただく取組も行っています。地味な活動ではありますが、サービスの向上はその細かい改善にあり、まさにサステナブルですね。ローカルエンプロイ―は一度成功体験を与えると同じお悩みを持っているお客様に対してもプロアクティブに対応してくれるようになります。その辺が弊社の強みでもあります。

 

 

編集部

 

日系企業と連携した取組、今後の取組は?

 

松尾氏

 

我々が今力を入れているのは、日本に対する情報発信です。私はフィリピンに通算10年駐在し、趣味で110カ国旅行した中でも、本当に良い国だと思う反面、日本からのフィリピンのイメージはいまだによくないのは寂しい限りです。必要なのは実際にフィリピンにいる我々が本当のフィリピンをお伝えすることです。私もことあるごとに「フィリピンっていいところなんですよ」、逆に「こんな大変さもありますよ」と正直に話しています。

近隣のインドやベトナムと比べると日本からの進出件数がなかなか伸びてきていないのが現状だと思います。そこでみずほではDTI(フィリピン貿易投資省)とMOU(基本合意書)を締結し、彼らと一緒に年1回日本に行き、進出をご検討されている企業様に、フィリピンの実際をお伝えする機会を作っています。DTIの方々は投資に関するルールを作る立場の方々であり、投資を呼び込みたいと本気で思っています。決裁権限のある長官や副長官が実際に日本に行って、進出を希望する企業様と直に話していただくことで相互理解が深まり、進出が決まるケースも出ています。

加えてODA(政府開発援助)案件です。ODAによるインフラの整備はJICA、ゼネコン各社や日本政府の並々ならぬご努力の賜物です。にもかかわらず、フィリピン側が当初の約束を反故にすることも残念ながら起こっているとお伺いしており、おかしいことはきちんとルールに則って物申すことは重要だと思うのです。先日も日本で開催されたインフラ関連セミナーにて、きちんと大臣クラスに申し入れをさせていただきました。フィリピンからあえて日本に出向いて、第三者的な位置付けで意見することも邦銀のなすべき使命ではないかと考えたためです。進出のサポートとインフラビジネスのサポート、この2点は、日本とフィリピンの良好な関係構築のために微力ながら傾注していきたいと考えています。

フィリピンにいらっしゃる皆様には、情報発信を核に、プロアクティブな活動を通じ、皆様のお役に立ち、サステナブルな関係を構築させていただきたいと考えております。ぜひ気軽にお声がけ頂けたらと思います。

 

 

編集部

 

フィリピンの金融業界の特徴を教えてください。

 

松尾氏

 

フィリピンは若年人口が多く消費大国です。消費を支える金融の中には銀行もあれば消費者金融など様々なカテゴリーがある中で、フィリピンの金融資産の8割は銀行が持っています。いいかえれば中小マーケットの育ちが非常に悪い国とも言えますね。金融用語で『金融包摂(Financial Inclusion)』と言うのですが、フィリピンでは銀行口座を持っている方の数が非常に少ない。これだけ消費が進んでいる国の中でギャップがある印象です。我々が暮らすマカティ、BGCやラグーナでは、銀行の支店はいたるところにあります。しかしフィリピンには7000以上の島があり山も多く、支店もATMもないエリアも広く存在し、銀行サービスを使いたくても使えない状態なのですが、逆にいえばここにビジネスチャンスがあるとも言えるでしょう。

前中銀総裁(メダラ氏)は、6行限定ではありますが、デジタルバンクで口座を開設し、預金、借り入れ等を一部の条件付きで許可しました。これによりフィリピンは爆発的に“銀行口座的なもの“(疑似銀行口座)をオンラインで作れる時代を迎えつつあります。フィリッピンはGキャッシュなども発展していますがそれより利便性が高いのがデジタルバンクですね。この流れはどんどん加速していくでしょう。

みずほがTonikへ昨年から出資を開始した背景にはそんな流れがあり、デジタルバンクを希望されるお客様に対しても、サービスの提供を始めています。

 

 

編集部

 

個人的なことをお聞きします。最初はフィリピンの駐在、その後の駐在はベトナムですね。

 

松尾氏

 

はい、2012年にベトナムのホーチミン支店に異動になりました。当時、ベトナムは進出ラッシュで勢いがありました。何がフィリピンと違っていたかと聞かれることがありますが、一つには工業団地の区画です。フィリピンはラグナテクノパークを中心にした立派な区画があるものの数は限られていました。一方、ベトナムは社会主義国家であって、国の方針が決まれば、立ち退き、区画整理、インフラ整備もあっという間で、工業団地を作るスピードが速いですね。また、ベトナムは日本の都道府県にあたる省が強く、各省が競い合って成長してきました。インセンティブもすごかった。中小企業の誘致にも積極的で、商機に溢れていました。プロパガンダの違いで工業団地の企画や誘致に温度差があったと思います。ベトナムでは日系企業に加えて地場のベトナム系やマルチナショナルな会社をお客様に3年間、営業統括として滞在しました。

 

 

編集部

 

その後はロシアに行かれたのですね。

 

松尾氏

 

はい。念願のロシアのモスクワみずほに異動になりました。

実は私はロシアフェチでして(笑)。大学時代にバックパッカーとし、最初はハワイ、インド、タイ、中国から始まり、初めてのヨーロッパがロシアで、文化や住民の方や街並みなどすべてにはまりました。就職の際にも、普通に考えればロシアに駐在するためには商社と思うでしょうが、当時私はロシア語はまだ苦手で、商社だとその道の達人がいて競争も激しい。その一方で、銀行ではロシアを狙っている人はほぼいないだろうと思いました。逆張りで銀行に入り、機会を狙っていたんですよ。ただ、入社当時まだロシアに支店はなく2009年に設立された時には、本当はすぐにでも行きたかったのですがようやく2014年念願かなってロシアへ異動しました。ちょうどソチオリンピックは終わり、クリミア半島からウクライナへの侵略が行われ経済制裁が始まった時期です。共産党一党支配のベトナムとロシア社会主義的な発想やビジネスの仕方がにているからベトナムでの経験が生きる、だから私がなんとかしてきますと(笑)。入社19年目で異動でき本当にうれしかったですね。会社には本当に感謝しています。

モスクワ支店では企画課長として、そのあと副支店長として、コロナ禍も含めて6年半駐在しました。念願のロシア駐在!ロシア語を勉強したり交友関係を広げたり、時間をつくるためにまず仕事を終えて、充実した時間をすごし、滞在の長期記録もつくりました(笑)。

 

 

編集部

 

ロシアとウクライナの状況はわかりにくい面もあります。松尾さんはどう見ますか?

 

松尾氏

 

まず大前提として戦争はよくないことです。これはどこの国であろうと同じで武力で服従させることはあってはならないことです。

ただ、私の知っている限りでは、ロシアの人にとってウクライナは隣の国ではなく地方です。ロシア語では国境と県境につく前置詞が違うのですが、ウクライナには県境の前置詞がついています。そして赴任当時はウクライナに行く飛行機は凡そ国内線扱いです。そのくらいロシアの人は同じ国だと思っており、そこが独立するなどありえないという前提があります。一方、ウクライナは日本でいうと京都のようでキエフ公国時代からの脈々たる歴史があって自分たちが真のスラブ人の中心であるという思いがあって、ロシアにとってウクライナは辺境の地であると言われるのは心外という思いがあります。1000年以上続く長い歴史の中で脈々とある不信感はそう簡単には払しょくされるものではないと感じます。

ロシアもその背景から優先して産業を育成し、旧ソ連全体をカバーできる鉄工所を作るなどウクライナを優遇してきた背景があるだけに、京都が突然独立して別な国と結びつくような印象をもっているでしょう。一方、ウクライナ人からしてみればもう国として独立して鉄工所もウクライナのものであるという認識があります。双方の関係性はその背景にある難しさは、世界から見るとわかりにくいですね。1000年のぼたんのかけ違いの払拭は1000年かかるのかもしれませんが、でも、何があるにせよ、そこにある戦争をいま止めようよと。休戦でもよいので戦争をやめて対話すべきかなと私は思います。

 

 

編集部

 

最後にお聞きします。アメリカ経済の動向が懸念されるなかで、2024年のフィリピン経済をどう予測されますか?

 

松尾氏

 

私見としてお話させていただくと、大局的にいえば、中国、アメリカ、新興国、この3つの経済成長が2024年にどう影響してくるかだと思います。アメリカ、中国の経済が減速する中でどの国が経済をけん引していくかは、インドや新興国かもしれませんが、その成長がどこまでグローバルに効いてくるかは未知数です。

なかんずく地政学的にいうとイスラエル問題、ロシアのウクライナへの攻撃、さらには北朝鮮問題もあります。こういった地政学的なリスクは今後減ることはんさいでしょう。3月にはロシア大統領選もありますが、プーチン氏の再選がみこまれていますし、いまの地政学的なリスクは残念ながら続いていくことでしょう。

その中でのフィリピン経済ですが、たとえば半導体が輸入できなくなるとどの国の経済にも影響がありますが、フィリピンの場合それが与える影響が致命傷かと言われれば、フィリピンはそこまで製造業に偏っていません。フィリピンはむしろ人の移動が制限されることで大きな影響をうけます。コロナ禍では非常に打撃を受けましたが、コロナが明け移動が可能になったことで、船舶労働者、メイドさんや肉体労働者など様々な職種の労働者が海外に出て労働力を提供し外貨を得ています。

これがある限りフィリピン経済が倒れることはないはずです。それに加えて現マルコス政権は安定しており一定の評価を得ています。インフラという古式ゆかしき経済発展の起爆剤も持っている。それから考えると2024年のフィリピン経済が急激に減速することはないと思います。

一方でコロナ後の7%以上の経済成長率を維持できるかと言えばそれは厳しいかもしれません。経済成長は5%前後、2023年より少し落ち着いた数字になるとみています。

 

 

【プロフィール】
1972年生まれ、慶應義塾大学卒、富士銀行(現みずほ銀行)入行。マニラ支店、ホーチミン支店、モスクワみずほ銀行副社長を経て、2021年4月から現職。

 

【座右の銘】
「念ずれば花ひらく」(熊本県出身の詩人・故坂村真民・さかむらしんみんの詩の一節)。ただ念じていれば夢がかなうという意味ではなく、何事も一生懸命に祈るように努力をすれば、自ら道が拓け夢や目標がかなうという意。念という字は上が今、下が心、これは目の前にあることを一生懸命やるという意味です。不可能ということはない、何もかもは自分次第だと教えてくれる言葉です。

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