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ビジネス烈伝 MOL Enterprise (Philippines) Inc. Vice President, Head of EcoMOL 横橋 啓一郎 氏

フィリピンスタッフと運航船のデータ解析で
効率化を推進。GHG排出削減目標を前倒しで達成!

 

MOL Enterprise (Philippines) Inc.
Vice President, Head of EcoMOL
横橋 啓一郎 氏

 

 

 

商船三井のフィリピンにおける100%出資現地法人2社、EcoMOLInc.(エコモル)とMOLBulkShipping Philippines(MOLバルクシッピングフィリピン)をMOL Enterprise (Philippines) Inc.(MOLエンタープライズ)にこの4月に事業統合、高い経済成長が見込まれるフィリピンでさらなる躍進を目指す。その背景と目指すところは? エコモルの設立に携わり、運航船のオペレーション効率化を推進して来た横橋 啓一郎氏にお話しを伺った。

 

 

編集部

 

運航船のオペレーション効率化とは?

 

横橋氏

 

海運業にとって、運航コストにおける燃料費の割合は大きく、運航船のオペレーション効率化は収益を左右する大きな要素です。また、船の燃料は化石燃料である重油を主に使用しており、CO2が排出されますので、社会的課題である環境対策という面においてもオペレーション効率化による無駄な燃料消費量削減は非常に大事です。

 世界的にみると、海運業全体で約3%の温室効果ガスを排出しており、それは約9億トンにも及びます。規模でいうとドイツ一国の排出量を上回ります。国際海運業は国をまたいで業務を行っていますので、国レベルの削減目標や規制ではなく、国連機関のIMO(International Maritime Organization)が世界の海運業に関して環境目標や規制を策定しており、IMOは2050年にGHG排出ネットゼロを目標に掲げ、我々海運会社は自助努力を求められています。最終的に有効な環境対策は化石燃料からアンモニア、水素など、燃焼してもCO2を排出しない他燃料への転換が必要となります。ただそのためにはかなりの技術革新が必要で、我々の予測では30年代にようやく燃料の転換が普及するものと考えています。

 では足元でできることは何かというと、省エネ技術の導入と、無駄な燃料を消費しないことが大事であり、それを我々は効率オペレーション呼んでおり、まずは25年の5%削減目標については当該取り組みにおいて達成すべく動いております。

 

 

編集部

 

具体的にはどんなことをするのですか。

 

横橋氏

 

効率オペレーションの追及においてはハード面とソフト面の対策があり、ハード面では様々な省エネ技術を導入し、船の推進性能を高めたり、エンジンの燃焼効率を高める対策を行っております。ソフト面では、船が無駄にスピードを出しすぎないようにすることが重要なポイントです。外洋を航海する船は風・波の抵抗を受けるとそれだけ馬力が必要で、比例して燃料が必要になるからです。速力と馬力の関係は二乗三乗の関係といわれますが、平たくいうと速力を倍にしようとすると馬力は8倍必要になります。つまり10ノットで走行する船が20ノットにするためには、8倍の馬力が必要で、8倍の燃料が必要になるのです。逆にいえば、20ノットで走っていた船を10ノットにすれば燃料は8分の一になる計算です。気象・海象が悪い条件下では船に対する抵抗が非常に大きくなり、速力を維持するためには非常に多く燃料が必要になります。故に気象予測精度の高いシステムと各船の最新の航行性能データを用いて、それぞれの条件下で最適なスピードでの航行が燃料効率向上に大きく寄与します。

もう一つは到着時間の最適化です。船は一年365日の中で実際に海で航行している日数は約6割、4割は港で停泊しています。更にそのうち約1割は、貨物の荷役を行うターミナルやバースが空くのを待つ待機の時間となっております。我々はこれを「船混みとか、滞船」と呼んでいます。この期間は船のエンジンは使用していませんが、発電機等は使用しており燃料は消費されます。

改善策としてはお客様・関係者と連携しながら航海中の速力を調整し、到着時間を最適化することで、航海中のみならず停泊中の燃料削減も期待できます。当然、ビジネス条件・環境によって最適化できないケースがありますが、環境対策は社会の共通課題であり、輸送に関わる関係者と連携しながら、船のオペレーション効率化を進めています。

 

 

編集部

 

効率化のためのデータ収集方法は?

 

横橋氏

 

船舶業界は電線のない洋上が現場ですから、インターネットの普及、IoT化が遅く、各船の詳細なデータのタイムリーな取得が難しかったのですが、現在は様々な技術革新が行われ、当社運航船の多くについてはリアルタイムで運航状況を確認することができています。また、気象予測精度も向上が進んでおり、外部のシステム会社と連携し、本船の運航データと組み合わせながら日々最適なスピードで運航する体制を整えています。

一方、当社運航船には船主から船を借りて運航しているケースも多く、それらは必ずしも我々の規格とは一致せず、異なるシステムを使っていることもありますので、欲しいデータを簡単に集められるわけではありません。さらにその先には世界中を航海する何万隻の膨大なデータがあります。それらの外部データと当社グループで運航している約800隻のデータを使って効率化を推進するために、東京のDX部隊や技術部隊と協業して使えるデータに整え、さらに我々はそのデータからバリューを生み出すべく効率化につながる要素を分析、実際のオペレーションに反映して効率化を促進する流れになります。

EcoMOL設立から約2年ですが、実際に成果もできており、当社グループ環境ビジョンでも示している25年時点で19年実績比較GHG排出原単位5%削減については、24年3月時点での実績で7.2%減、先んじて達成しています。

 

 

編集部

 

今回の事業統合の背景を教えてください。

 

横橋氏

 

商船三井グループの経営計画「BLUE ACTION 2035」における地域戦略・環境戦略・ポートフォリオ戦略に基づき、高い経済成長が見込まれるフィリピンでの事業運営体制強化のためです。本ビジョンの実現に向けて環境面では35年までに輸送におけるGHG排出原単位を約45%削減(19年比)、50年までにグループ全体でのNETゼロ・エミッション達成を中・長期目標として掲げています。

同時に、地域戦略をすすめて行く中で、フィリピンにおいて商船三井グループのビジネスを支える人材育成は重要な要素だと考えています。これは何かをこちらが一方的に教えるというよりも、機会の創出・提供が大事だと思っています。我々がビジネスを持ってくる・創出することによって、これまで限られていた活躍するチャンスの場を提供する。その中で逆に彼らから学ぶことも多いのではないかと思っています。ポートフォリオ戦略においては、海運だけでなく、すでに進行中の風力発電、不動産、ロジスティックスなどの非海運業も推進していきます。フィリピンには7000を超える島があり、物流の需要は今後拡大していくでしょう。現地パートナーとともに更に協業を深め、当社グループの事業拡大に努めてまいります。

 

 

編集部

 

パンデミック中の業績はいかがでしたか?

 

横橋氏

 

「こと需要よりも物需要」と言われたように、パンデミック期間中、特にコンテナ貨物に関する輸送量が大幅に増加しました。船舶業界で特に問題となったのは、船混み・港の混雑でした。ステイホームの影響で港での労働力が不足し、荷役や積載が遅延することで物流が滞りました。その結果、企業は在庫を多めに確保しようとする心理が働きました。これは「プルウィップ効果」と呼ばれる現象で、サプライチェーンにおける需要の変動が各段階で過剰に反応し、最終的に過剰在庫が発生するというものです。

コンテナ貨物の海上運賃は需要と供給によって決まるため、皮肉なことに、船会社にとっては受注が増加し、運賃が上昇、結果として利益も増加しました。業績が異常に好調だったため、ある意味で恐縮するほどでしたが、この業績向上が商船三井を次のステージへと押し上げました。当社グループの経営計画「BLUE ACTION 2035」の策定の背景には、こうした状況もありました。

 

 

編集部

 

商船三井グループの経営計画「BLUE ACTION 2035」の概要を教えてください。

 

横橋氏

 

商船三井グループの経営計画「BLUE ACTION 2035」は、2023年に策定された中期経営計画で、持続可能性における5つの課題と中期的なビジョンを示しています。この計画では、3つの主要戦略が定義されており、ポートフォリオ戦略、地域戦略、そして環境戦略があります。

ポートフォリオ戦略では、会社の収益構造を見直し、海運業が全体の75%、他事業が25%を占めている現状から、よりバランスを取るために60%対40%の構成にシフトしようとしています。他事業には、不動産や物流、ウェルビーイング関連の事業が含まれ、これまでのBtoBモデルに加え、BtoCの事業展開も視野に入れています。海運業は利益の変動が大きいため、より安定した収益を追求できる事業モデルへの転換を図っています。

地域戦略は、特にフィリピンやインドのような海外市場を重視し、これまで東京を中心に進めてきた事業運営を、各地域に権限を委譲し、現地のビジネス活性化を促進するというものです。 最後に環境戦略については、船からのGHG排出削減に加えて洋上風力発電等の脱炭素事業にもついても力を入れてまいります。地域貢献と環境対応の両方が、企業の経営課題と密接に結びついているのです。

この経営計画を通じて、会社のビジョンは非常に明確になっていると感じています。

 

 

編集部

 

個人的なことをお聞きします。イギリス、オランダ、香港、シンガポールと駐在されていますが、フィリピンはいかがですか?

 

横橋氏

 

好きですね(笑)。世界的にみて船員さんはフィリピンの方が多く、当社運航船におけるフィリピン人船員の割合は全体の6~7割くらいを占めています。この国の方とは非常に関わりが深いと感じています。 フィリピンの方々はコミュニケーションしやすいですし、笑顔で、素直な方が多い。私が持っていないものを持っているようで(笑)。貧困率や一人当たりのGDPを見てもまだまだ課題が多い国ですが、我々はBLUE ACTION 2035に基づく地域貢献や地域戦略を非常に重要だと考えており、この国の発展に貢献していきたいと考えております。課題が多いからこそ、魂が入りやすい気がしています。

 

 

編集部

 

仕事をする上で大切にしていることを教えてください。

 

横橋氏

 

意思決定を早くすることですね。
仕事をするうえで、考えて考えて行動に移せないことは多いのですが、大体当初考えていることは当たらないことの方が多く、むしろ寝かして時間をかけてもいいことはあまりないように思います。立場上、部下からプロポーザルを受けて承認をしたり、ダイレクションを求められる機会が多いですが、、基本そこは担当者が十分考えたうえで承認を求めているわけですから、私の場合は、基本やることを前提に迅速に判断、明確な意思を示すようにしています。

日本人は慎重に情報を集めて精査して合意形成を図りながら仕事を進めるスタイルが多いように感じます。しかしビジネスの速度が速くなっている今、すばやく動いて後で修正した方がいい結果につながるように思います。もちろんリスクを担うことにはなりますが、少ない情報ながら合理的に素早く判断することが重要であって、全部知らないと始められないことはあまりないし、後から修正が効かないこともあまりないように思います。

 

 

【プロフィール】
1977年東京生まれ、川崎育ち。中央大学商学部卒、2001年商船三井入社。イギリス、オランダ、香港、シンガポール駐在等を経て22年にエコモル立ち上げに携わり、24年4月から現職。

 

【趣味】
イギリスではサッカー、シンガポールではロードバイクなど、駐在地でいろいろチャレンジして来ました。フィリピンはゴルフにかえました。ゴルフは若い方とも年次が上の方ともわけへだくなくお付き合いできるところも気に入っています。

 

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