日本の技術で、全ての必要とする人々が
質の高い義足を手に入れられる世界を実現
instalimb
Group COO
足立 翔一郎 氏
世界で義足が必要な人々がどのくらいいるか、ご存じだろうか?世界中には高額なために、そして義肢装具士の不足のためなどで義足が利用できない人が非常に多い。その人々に日本のテクノロジーを用いて、精工な義足を提供しようと、まずフィリピンで邁進しているのがinstalimb(インスタリム)だ。そのビジョンは?展望は?事業統括の足立氏に伺った。
編集部
事業内容を教えてください。
足立氏
我々はAIを活用した日本の3Dプリント技術で義足を製造する、業界のパイオニアであり、またこの技術を商業化した世界初の企業です。
本社は日本で、フィリピンとインドに子会社を設立。現在フィリピンで約60名、インドで約80名が業務に従事しており、近年急成長を遂げました。昨年、社会的インパクトを創出する企業として「J-Startup Impact」に選ばれ、日本の30社の中に選定されたことも大きな成果です。
世界中で義足を必要とする人々は約5千万人にも及びます。うち、多くの方が義足を持たず、移動に車椅子や松葉杖を使う必要があり、自由に移動できない状況にあります。そして多くは、足の欠損が原因で、職を得ることが難しく、仕事がないために義足を買えず、義足がないためにさらに仕事が見つからないという悪循環に陥ってしまっています。
義足が必要な5千万人のうち、現在、義足にアクセスできているのはわずか1割。残りの9割の方々は経済的な理由や地域的な制約、例えばフィリピンの離島などで義足を作る場所がないといった問題から、義足を手に入れられない状況にあります。
我々のビジョンは、この課題をテクノロジーの力で解決し、「全ての必要とする人々が質の高い義足を手に入れられる世界の実現」であり、ミッションは、「立てない」「歩けない」「外に出られない」という状況を世界からなくし、すべての人々の可能性を開花させること。これが我々が追求する社会の姿です。
編集部
どのような技術変革を行いましたか。
足立氏
従来、義足の普及が進まなかった背景には、製作工程が非常にマニュアル的で熟練した職人技術に依存していたことにあります。義足は切断部分の型を石膏で再現後、手作業で削り出し、真空成形で足と義足をつなぐソケットを製作するのが一般的でした。弊社では、まずこの手作業を高度なデジタル技術で標準化しました。石膏の代わりに、携帯電話サイズの3Dスキャナーを用いて足の切断部分をスキャンし、簡単にデータを取得して3Dモデリングを行い、最終的には3Dプリンターで義足を製作し、従来の製作方法に比べ大幅な効率化を実現しました。
この方法による大きな成果の一つは、コストです。フィリピンでは、1本の義足が約2千ドル(約30万円)ですが、弊社の技術を使えば約500ドル(約8万円)で提供が可能です。
もう一つの課題「供給能力の不足」には2つの側面があり、一つは、生産工程の一部を3DプリンターやAIを使って簡略化したことで、従来の手作業に比べ、同じ人数でより多くの義足を製造できるようになりました。
もう一つ重要なのは、世界的に義足を製作する技術者が不足しているという問題です。義足を製作する義肢装具になるには、通常3~4年の高等教育と1~2年の実務経験が必要で、医療と工学の融合分野を学ばなければなりません。しかし、弊社のデジタル製造技術を導入することで、新卒エンジニアでも約1、2か月の短期間で義足の製作が可能になり、技術者不足を解消できます。
さらに、アクセシビリティの問題も解決します。通常、義足はクリニックに出向きで型取りなどの作業を行うのですが、フィリピンのように離島が多い地域では、義足を製作できる施設が少なく、遠隔地まで出向かなければなりません。セブには義肢装具製作所がなく、患者はダバオやマニラまで行かなければなりません。これに対し、弊社のデジタル技術では、携帯サイズのスキャナーを使って離島で患者の足をスキャンし、そのデータをマニラに送り、そこでデザインを行い、最終的に義足を製作して現地に配送するという遠隔製造が可能で義足のアクセシビリティが大幅に向上します。
私たちのコアコンピタンスは「誰でも義足を作れる」という点にあります。これを実現するために、弊社は独自のソフトウェアを開発し、また、迅速な製造を可能にするため、日本の技術開発系補助金や政府のサポートを活用して、ソフトウェアやハードウェアを含めた内製化に成功し、現在では3Dプリンター、3Dプリンターの素材(フィラメント)などすべての工程を自社で完結できるようになりました。そして単に義足のデザインを行うだけでなく、患者の過去のデザインデータをビッグデータとして蓄積し、それをもとに生成AIを活用して、最適なパラメータを推測する技術を導入しており、この技術は我々の大きな強みです。我々の技術開発は非常に幅が広く、エンジニアリングチームが従業員数の中でも大きな割合を占めています。
編集部
技術の普及は?そして今後の展開は?
足立氏
弊社はクリニックサービスを通じて患者に直接義足を提供するクリニック事業と、我々がライセンスを提供し、弊社の技術を使って3Dプリント義足を患者に提供するといB2Bのビジネスモデルも展開しています。すでに世界のトップクラスのNGOやインドの公営企業と契約を締結してライセンスを提供しており、フィリピンでは、8月にフィリピンオーソペディックセンター(Philippines Orthopedic Center=POC)に技術の導入が完了しました。
今後の展望で現在推進していることが2点あります。まず、カバーできているのは約60%程度です。多くの離島があるため、100%のカバーを達成するのは難しいですが、私たちは、ローカルガバメントユニット(LGU)と提携しLGUが主催するキャンプにスキャナを持参し、離島でも義足を提供できる仕組みを構築しているところです。
もう一つは、フィリピンの公的な医療保険PhilHealth(フィルヘルス)の適用に関する取り組みです。私たちはPOCでの活動を始めたばかりですが、現在フィルヘルスから認可を受けた義足提供が可能な病院は約15カ所存在しています。これらの病院に私たちの技術を共有していき、フィリピン全土で、義足を政府の負担により、患者にとって無料で、だれでも入手できる社会を目指します。
編集部
そもそも義足の制作を始めたきっかけは?
足立氏
インスタリムの代表である徳島は、2014年からJICAの協力隊としてフィリピン・ボホールで活動していました。その際、足を失い松葉杖を使って歩く人が多いことに気づきました。日本では義足が社会保障制度によりほぼ無償で提供されますが、フィリピンでは多くの人々が義足を手にしていない現実に関心を抱くようになりました。
徳島は工業デザインを専門としており、以前は日本の医療機器メーカーでペースメーカーのデザインを手掛けていました。JICAでの活動を通じ、3Dプリンターを活用したものづくりの普及に取り組んでいた経験を生かし、手頃な価格で迅速に義足を提供する方法を模索することが、会社設立のきっかけとなりました。
世界の義肢装具市場は約1兆円規模とされる中で、特に義足市場には競合がほとんど存在していません。大手企業ではドイツやアメリカの企業がすでに上場していますが、私たちの技術は、何世紀も変わらなかった伝統的な製造方法をデジタル技術で革新するディスラプティブな技術であり、競争力を持っていました。東京大学やMITなどをはじめとした研究機関や大企業でも、実証実験の段階にとどまるものが多いのが現状です。 3Dプリンターで義足を製造するには高い技術力が求められ、一般的な3Dプリンターでは製造に12〜24時間かかるところを、私たちはこれを2〜4時間に短縮する必要がありました。また、十分な強度を持つ素材も市販されていない状況でした。 そこで私たちは、日本政府の技術開発補助金も活用し、ソフトウェアやハードウェアをすべて内製化する技術を開発し、商業化に向けた体制を整えていったのです。
編集部
フィリピンを最初の市場に選ばれた背景は?
足立氏
代表の徳島がJICAの海外協力隊としてフィリピンで活動した経験が、フィリピンを事業地として選んだ大きなきっかけです。
それだけでなく、世界的に見ると「先進国で社会保障が整っており義足が普及している国々」と、「義肢装具士(義足や装具を作る専門家)がほとんど存在せず、義足の普及が進んでいない国々」に大きく分かれます。フィリピンは後者の典型で、義肢装具士の教育コースが始まったのは2014年から2015年頃であり、作り手が非常に少ない状況です。現在でもフィリピン国内の義肢装具士は約100人に過ぎず、人口規模に対して義足や装具の供給が大きく遅れています。 この背景を踏まえ、私たちのビジョンである「義足を必要とするすべての人に届ける」を実現するためには、フィリピンでの成功が重要なステップとなります。フィリピンで成果を上げることができれば、アフリカや南米など他の地域でも同じモデルを展開する可能性が広がると考えています。フィリピンはそのための非常に重要な実証地です。
編集部
フィリピンでのマネジメントのポイントは?また海外でのビジネス展開に必要なのは?
足立氏
創業当初の2018年と2019年には、病院営業を通じて医師から患者を紹介してもらう形でビジネスを展開していました。しかし、コロナ禍により病院への訪問が難しくなり、ビジネスモデルの転換が必要となりました。そこで、D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)モデルに切り替え、SNSなどを活用して広告を展開し、患者を直接クリニックに誘導する仕組みに変更しました。その結果、2022年4月には徐々に売上が立ち始めました。
2022年に私が着任して最初に取り組んだのは、顧客管理ソフトウェアの導入です。多くの問い合わせがあるにもかかわらず、管理体制が整っておらず、月に1,000件の問い合わせがあっても実際の受注は30件程度という状況でした。そこで、問い合わせをフィルタリングするシステムを導入し、義足に関する正確な問い合わせのみを抽出するプロセスを整備しました。さらに、営業ファネルを構築し、購入意欲の高い顧客をターゲットをステージ管理できるようにしました。具体的には、技術的に義足の製作が可能な患者を選別するためのチェックプロセスも導入し、この承認率をKPIとし、リードから受注までのプロセスを可視化できるようにしました。この結果、営業ボトルネックを特定され、そのプロセスを改善することで、約半年後には売上が3倍に増加し、単月で黒字化を達成しました。 また、インセンティブ制度も見直し、売上に対するインセンティブから、プロセスに焦点を当てたインセンティブに変更しました。営業ファネルを分析することでどのプロセスにどれだけアクションすれば売上が伸びるのかを予測できるようになったためです。これにより、スタッフはどの部分を強化すれば売上が伸びるかを明確に理解し、結果だけでなく期待される行動に対して報酬を得られる仕組みができました。特にフィリピンでは、インセンティブを示すと目覚ましいパフォーマンスを発揮する傾向があります。どのKPIに注力すれば成果が出るかを分析し、その可視化を進めたことで、スタッフが集中すべきポイントを理解し、売上向上につながるシンプルなビジネスモデルを実現しました。これらが私の着任後、特に大きな成果でした。
最後に、海外でビジネスを展開する際に重要なのは、現地の文化を深く理解し、尊重することだと私は考えています。例えばフィリピンでは、失敗があった場合にその非を人前で認めようとしない文化があります。初めは理解が難しかったのですが、裏に呼び出して、ダメなことをダメだったと明確に伝えることによって、表面的には謝罪しないものの、内心では気にしていたり反省してくれていることが多いです。彼らは「良くなかった」と理解しているものの、プライドが傷つくことを恐れています。こうした微妙なバランスを理解し、尊重することが重要だと感じています。謝罪しないからと言って、人前で怒ったり、プライドを傷つけたりすると、逆効果となり協力してくれなくなることもあります。
海外でビジネスを展開するには、その国の文化に合ったアプローチを取ることが、効果的な人材マネジメントや事業の成功につながると考えています。そのため、文化や人を深く理解し、細やかな配慮を持つことが非常に重要だと思っています。
【プロフィール】
19789年鳥取生まれ。国立米子工業高等専門学校から国立九州工業大学に編入。2011年にキーエンスのグループ会社に新卒入社後、新規事業立上げに従事。17年にインドで起業。2億人以上の肥満・6千万人を超える糖尿病患者向けダイエット食品D2C事業Blufitを開始し、病院と提携するB2BCモデル構築し業界2番手のサービスに成長。21年に事業譲渡。22年より営業・マーケティング・事業開発のグローバル統括執行役員として、同社参画。Group COOとしてグローバルの全事業を統括。
【仕事上で大切にしていること】
お互いの文化を深く理解し、リスペクトすること。そして最も重要なのは人と人との信頼関係。共通点と相違点を意識しながら、根底にある信頼を築くことが成功に繋がると考えています。
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