日比間における多方面にわたる連携強化で
両国のさらなる発展と安定に貢献
在フィリピン日本国大使館
遠藤 和也 大使
2024年3月に駐フィリピン大使として着任し、精力的に活動を続ける遠藤大使。就任から約8か月が経過した今、彼の目にフィリピンの現在と未来はどのように映っているのか。着任前に外務省国際協力局長としてODAを担当していた経験を持つ遠藤大使に、フィリピンの投資環境や二国間関係の現状、今後の協力体制についてお話を伺った。また、今回200号を迎えた本誌と読者の皆様へのメッセージもいただいた。
編集部
フィリピンとの関わりを教えてください
遠藤大使
初来比は1990年代半ば、外務省の無償資金協力課の若手として出張で訪れた時です。以降、何度か訪れ、フィリピンが成長し発展していく様を目にしてきました。
また、着任前は国際協力局長としてODA(政府開発援助)を担当していました。フィリピンはマニラ地下鉄や南北通勤鉄道プロジェクトなどを含め、非常に重要な国の一つです。バンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域への支援などもあり、フィリピンに対しては親しみを持っていました。
編集部
マルコス政権発足から約2年。フィリピンの経済状況や、投資環境についての印象は?
遠藤大使
前政権との違いはもちろんありますが、特に公共投資を積極的に進めていく姿勢は、ドゥテルテ政権時代の「ビルド・ビルド・ビルド」政策に続き、マルコス政権も「ビルド・ベター・モア」を掲げており、共通する基本姿勢としてあると認識しています。
マルコス政権は、2022年6月、世界全体がコロナ禍からの回復期にあり、フィリピンでも利上げ、インフレ等の課題がある中でスタートしました。昨年の成長率は目標を下回ってはいるものの、金融引き締め環境の中で比較的実体面にはダメージを与えない経済運営ができていると思います。
投資環境を見れば、インフレ、賃金上昇などが、フィリピン国内で製造する企業にとっては向かい風になっている一方で、フィリピンを市場として見る限り、賃金上昇などで価格がある程度高くても売れるのは、チャンスです。中長期にみれば、いろいろなチャレンジはあれど一定の持続的成長が見込まれる中で、リテール市場としてフィリピンをどう取り込んでいくかは投資家の皆さんの大きな関心事であり、我々も後押しできることは後押したいと考えています。
フィリピンの大きな方向性として、若い労働力が潤沢で、人口も増加傾向にある点は重要な要素です。こうした人口動態の下で、製造業の拡大や誘致は、マルコス政権にとっても進めていくべき優先課題でしょう。
日本としても、サプライチェーンの強靭化など様々な政策課題がある中で、フィリピンとの関係強化は自然な流れです。フィリピンは日本に対して非常に親しみを持つ国民性があり、日本の技術や製品に対する信頼感も高いと感じます。成長するフィリピン経済のポテンシャルをうまく取り入れ、現地のニーズに応える展開ができる企業が今後も増えることを期待しています。
編集部
政府・民間レベルの親密度がこれまでになく近くなっていますね。
遠藤大使
着任後、出張等でフィリピン国内のあちらこちらを訪問しましたが、どこでも日本との結びつきが話題になり非常に温かい歓迎を受けました。昨年はフィリピンから日本への訪問数は日本からの倍でした。今年はさらに昨年の訪問数を上回るでしょう。国民レベルでの対日親近感が増している証拠だと思います。
日本とフィリピンの協力関係は、近年では安全保障面でも強化されています。今年7月には日本の防衛大臣と外務大臣がフィリピンを訪問し、またや自衛隊とフィリピン軍が共同訓練を行うなど、様々な結びつきが広がっています。フィリピンも日本もアメリカの同盟国というのは共通であり、同じ考えを持つパートナー間で様々な取り組みがなされています。こうした多方面での連携が、両国のさらなる発展と安定に貢献していくのではないかと思います。
編集部
フィリピンに進出する際の課題は?
遠藤大使
赴任前から感じていたことですが、特に税制の実務、税還付などの手続きなどは、とりわけ輸出関連の企業にとっては非常に重要な課題です。フィリピン政府もこの点については認識されており、直近では「CREATE MORE法」が議会を通過しています。税制における徴収や還付、免除の仕組みについて改善が期待されます。
私も大統領補佐官のフレデリック・ゴー氏や議会関係者等と様々話し合いの機会を持ち、日本企業が感じている課題や関心を伝えており、フィリピン側も理解を示してくださっています。
税制以外にも様々な業種の日本企業が抱える課題は多岐にわたり、個々の状況に応じた対応が必要です。私たち大使館としても、各企業の声に耳を傾けながら、制度面や運用面で改善ができるところがあれば積極的にフィリピン側に働きかけを行っていきたいと思っています。日本側の問題意識はゴー氏に限らず非常に重要な課題として捉えられており、特に補佐官等とは、細部に至るまでしっかり議論できる体制があり、日本政府からの助言に対しても、前向きに耳を傾け、受け入れてもらえることが多いと感じます。
編集部
今後期待できる両国間の協力は?
遠藤大使
幅広い分野での協力が可能だと考えています。経済面ではまずODAを活用したインフラ事業推進とプロジェクトの円滑な進行、そして日本企業の投資活動や貿易の更なる促進、3つ目に人手不足が進む日本での、フィリピンの若い力の活用です。働き手としての結びつきを強化することへの双方の関心の高さは感じますし、日比間の経済関係を深める上でも非常に重要だと思います。
私たち大使館や総領事館は、在留邦人の皆さんとともにあり、皆さんの安全、安心、健康、発展を支えることが、第一の任務です。日系企業の発展、企業関係者の皆さんの安全も当然大切な関心事です。何かお困りのことがあれば、ぜひご相談ください。できること、できないことはあるかもしれませんが、特に立法や制度的な面での改善を促すことをはじめ、しっかりフォローしていきたいと考えています。
編集部
生活面やプライベートな観点から見たフィリピンの印象はいかがですか?
遠藤大使
フィリピンは日本からの距離も近く、生活しやすい国です。ただし、特に5月の暑さには驚きました。あまりの暑さに「このままずっと続いたらどうしよう」と思うほどでしたが、雨季に入って少し落ち着きました。 食事については、フィリピン料理にもっと親しんでいきたいと思っています。マニラにも隠れた名店も数多く存在し、特にそれぞれの御家庭で料理はとても美味なものが多く、日本国内でももっと多くの人々に知られるべきだと思います。
また、フィリピンの皆さんはとてもオープンでフレンドリーですね。大使として赴任していることもあるかもしれませんが、「自宅に来ませんか?」といったお誘いをたくさんいただきます。さらに、閣僚や上院議員の方々もこうした場に頻繁に顔を出してくださるので、自然と接触の機会が多くなり、本当に仕事がしやすい環境だと感じています。
編集部
座右の銘や大切にしている言葉はありますか?
遠藤大使
特に座右の銘というわけではありませんが、「一期一会」という言葉を大切にしています。外交の場でも、その瞬間その瞬間を大切にし、相手を思いやって準備をすることが重要だと感じています。
また、「let bygones be bygones(過去は過去たらしめよ)」という言葉も心に留めています。時間が経つとさまざまな問題が積み重なりますが、精神の健やかさも大切です。過去にとらわれすぎず、重く背負いすぎないように心がけています。
編集部
どんな本を読まれていますか?
遠藤大使
乱読派ですね。影響を受けたとすれば、中高生など若い頃に読んだ本でしょうか。小説では丸谷才一さんや庄司薫さんの作品、例えば『裏声で歌へ君が代』、『赤ずきんちゃん気をつけて』など。
また、西部邁さんの『大衆への反逆』も影響を受けた一冊かも知れません。どれも少し古く、今の読者にはあまり興味を引かないかもしれませんね。 最近印象に残っている本は『The Making of the Modern Philippines: Pieces of a Jigsaw State』です。フィリピンの歴史、産業、政治について書かれたもので、初心者向けの教科書のような内容です。幅広い視点で書かれており読みやすく、フィリピンについて理解を深める良い参考になっています。
編集部
プライマーは本号で通巻200号です。読者、弊社にコメントをいただけますか?
遠藤大使
200号おめでとうございます。このように日本人コミュニティにとって身近で接しやすい情報を提供されているのは、本当にありがたいことだと思います。読者の皆様にもこのプライマーを通じて、大使館を身近に感じていただけると嬉しいですね。
【プロフィール】
1967年生まれ。90年東京大学法学部卒業後、外務省入省。中国、米国、英国の大使館勤務のほか、大臣官房審議官、国際協力局長を経て、2024年4月より駐フィリピン日本国大使。
【休日の過ごし方】
プライベートな時間は家族と過ごすことが多いですね。ただ仕事と家族の時間のバランスが非常に難しい。日本にいる時はお酒と温泉が好きだったのですが、フィリピンではゴルフやダイビングを勧められて始めてはいます。が、まだ本格的には楽しめていません。ゴルフは精神修養、修行のようなものになっています(笑)。
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