海から宇宙へ、そして未来へ──
海を軸に世界を動かす日本郵船の革新戦略

日本郵船株式会社 (NYK Line)
技術本部統括グループ 船長(在マニラ)
本元 謙司 氏
140年の歴史を誇る日本郵船。その伝統を守りながらも、海運を超え、物流、金融、宇宙、再生可能エネルギーへと未来に向けて果敢に挑戦を続ける。今回は、自らも大型船船長の資格を有し、ここフィリピンでは1万人超の船員ネットワークを統括し、人材育成と新規事業開発を担う本元謙司氏に、海から広がるビジネス最前線のお話を伺った。
編集部
日本郵船の業務内容を教えてください。
本元氏
日本郵船グループは、創業140周年を迎えた海運業界のリーディングカンパニーであり、現在世界で約800隻の船舶を運航しています。もともとは海上輸送を軸に発展して来ましたが、今は傘下の郵船ロジスティクスグループを中核にした「海・陸・空」に跨る幅広い物流サービスもグローバルに展開しています。
また近年では、新たな領域として「宇宙」事業への挑戦も進行中です。これは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)との連携で、船を利用して赤道付近の海上からロケットを打ち上げるプロジェクトで、莫大な費用を要する宇宙船の打ち上げに対して、地球の自転を利用して少ないエネルギーで打ち上げを可能にするものです。さらに、ロケットを海上で回収・再利用することによるコスト削減も視野に入れ、将来的には気象観測や情報収集など多様な用途での展開が期待される事業です。
編集部
フィリピンでの沿革と事業は?
本元氏
フィリピンでは、船舶代理店業務の展開をきっかけにフィリピン財閥のTDGと提携して業務を開始したのが始まりで、2026年に進出50周年の節目を迎えます。 フィリピン事業の中核をなしているのは船員の育成と派遣事業です。
現在、フィリピンでは約一万人以上の船員が日本郵船グループに所属しています。特にNYK-FIL Ship Managementは弊社最大の船員派遣会社で、約7千名が在籍、他にはIOTCやMOT Barkoなどの会社を通じて船員をマネージングしています。
世界的に見ると、外国籍船で働く船員は約150万人、その中でフィリピン人船員は約30万人で約20%。フィリピンは世界で最も多くの船員を輩出する国の一つです。
フィリピン人船員の強みは、英語が公用語で業務上のコミュニケーションに困らないこと、明るく社交的で異文化への順応性が高く多国籍な船員が混在する「混乗船」でもスムーズに対応でき、船上という閉鎖空間でも働きやすい環境を生み出しています。また、フィリピンではOFW(海外出稼ぎ労働者)が根付いているため、国のサポート体制も整っていることも背景にあります。
船員の勤務サイクルは一般的に「6ヶ月勤務・3ヶ月休暇」ですが、最近は勤務期間を短くしてワークライフバランスを重視する傾向にあり、弊社も乗船中の環境改善や、柔軟な勤務形態を目指した調整を行っている他、船員の質の向上にも注力しています。
その取組みの一つが、私がフィリピンに関わるきっかけとなった「NTMA(NYK-TDG Maritime Academy)」です。これは日本郵船グループとパートナーのTDGグループが共同で立ち上げた商船大学で、上級船員の育成を目的としています。これまでの卒業生は累計で1600名を超えました。第一期生はすでに船長や機関長などの重要なポジションで活躍しています。
NTMAは、学費を卒業後に給与から返済する「Study Now, Pay Later」制度を導入し、経済的に厳しい学生にも門戸を開き、毎年140人の定員に対して約7千名が応募するほど人気を集めています。最近では、ジェンダー平等の推進のため女子学生の受け入れも開始しました。今後もフィリピン国内だけでなくグローバル市場で活躍できる優秀な人材を育成し続けて行く予定です。
編集部
御社のサービス・マルコペイとは?
本元氏
19年に開始したマルコペイは、急成長を遂げているモバイル送金プラットフォームで、船員への現金給与支払いが抱えるリスクや送金の高コストの課題を解決するために生まれました。
船員が船上から家族に簡単に送金が可能で、送金手数料や為替手数料も低コストで提供。結果、フィリピン人船員を中心に圧倒的な支持を得、現在は日本郵船だけでなく60社を超える他社にもサービス提供、活用頂いています。
また最近では、グローバル市場への展開を視野に、ドイツの多国籍船員向け送金プラットフォーム「Kadmos(カドモス)」を買収し、提携を通じた多国籍の船員へのサービス拡大によって、世界中の船員が安心して利用できる金融プラットフォームに成長しつつあります。
さらに、マルコペイは単なる送金サービスを超え、フィリピンで船員向けのローンや保険、企業との共同プロモーションなど多様なビジネスチャンスを生み出すプラットフォームに成長しています。現在資産形成のサポートの提供を準備中で、船員の生活の充実を支援する仕組みづくりを進めて行く予定です。
編集部
様々な事業を生み出す原動力は?また今後の展開は?
本元氏
日本郵船は「風通しの良さ」と「現場起点の発想力」が根付いた企業文化を持っており、特に新規事業においては、現場の課題意識から出発することを大切にしています。
例えばマルコペイは、現場の船員が抱える「現金給与の非効率性」から着想を得て、また宇宙事業も我々の得意分野である海運の技術を応用し、ロケットを赤道付近へ運ぶという形で関わっています。あくまで自社の専門性を起点に事業を広げるのが私たちのスタンスです。
また、社員の成長を支える仕組みとして、社内の「NYKデジタルアカデミー」があります。これは年齢や職種を問わず参加可能な研修制度で、自ら事業を創り出す力を育んでおり、実際にここから生まれたアイデアが事業化されつつあります。本社組織としての規模は決して大きくありませんが、その分、機動力があり、一人ひとりが責任を持って柔軟に動ける。まさに、アイデアを形にするための土壌がある会社なのだと思います。
私たちの最大の強みは、物流を単に「物を運ぶ」ことではなく、効率性や品質を徹底的に追求し、現場の課題を見逃さず解決に導く「現場力」にあると思います。フィリピンを例にとると、人口の増加に対して生産能力が追いつかない中、物流の無駄を削減し、コールドチェーンなどの高品質なサービスを提供することで社会的な課題解決にも貢献できるのではないかと考えています。
日本人の美徳である「無駄をなくす」という発想を物流現場に活かし、かつ徹底することで、フィリピンをはじめとする新興市場でも持続可能な社会作りに貢献し、日本郵船ならではの物流関連のソリューションを提供し続けたいと思っています。
編集部
そもそも海洋を目指された理由は?また海の魅力は?
本元氏
正直に言えば、最初から“船が好き”だったわけではないんです(笑)。岡山の高校で進学を考えていたときに、『ちょっと人と違う道に進んでみたい』という思いがあって。担任の先生に紹介された神戸商船大学の話を聞いて、“なんだか面白そうだな”と思いました。少し打算的なところもあって“大手企業にも就職できそうだ”なんて思ったりもして(笑)。でも、実際に航海科で学び、乗船実習に出るなかで、海の世界の魅力にどんどん引き込まれていきました。
船長というのは、単なる船の責任者ではありません。船は“船籍”を持っていて、公海上ではその旗の国の法律が適用されるので、ある意味では“動く国家”なんです。その“国家”のトップが船長。つまり、操船はもちろん、司法・警察・医療の判断まで委ねられる、非常に重い役割なんです。実際に『マスターズ・コート(船長裁判)』という場で裁定を下すこともあります。まさに“覚悟と誇り”が求められる仕事ですね。
海という場所は、世界とつながる場所です。多国籍の船員と生活を共にしながら、文化や考え方の違いを超えて信頼を築く。そうした経験は、船の中にいながらにして世界を知り、自分自身を深める貴重な機会になります。特にフィリピン人の船員は非常に順応性が高く、英語力もあり、明るく協調性もある。船という“閉ざされた社会”の中で、国を超えたチームワークを育めるというのは、この仕事ならではの魅力だと思います。
【プロフィール】
1975年、岡山県生まれ。国立・神戸商船大学(現神戸大学海事科学部)航海科卒業後、98年に日本郵船に入社。海上職としてキャリアをスタートし、船長・航海士として現場を指揮し、通算約7年を海上勤務、さらにシンガポール・フィリピンなどの海外勤務。マニラを拠点に、日本郵船グループ会社を統括する国代表の経歴を持ち、既存事業と新規事業の両輪を牽引。
【趣味】
ジョギング。毎朝マカティのグリーンベルト周辺で2キロほど走る。ゴルフも。
【座右の銘】
「一隅を照らす」。与えられた場所で最善を尽くし、小さな仕事でも誇りと責任を持って取り組みたいと考えています。
ウェブサイト
NYK Fil社:https://www.nykfil.com.ph/
日本郵船株式会社:https://www.nyk.com/




























