日本企業の共通の声を収集、集約し、発信。
提言力を強化する商工会の進化とは?

フィリピン日本商工会議所 会頭
三井物産株式会社 理事
アジア・太平洋三井物産株式会社
マニラ支店長 野村一洋 氏
フィリピン日本商工会議所は現在、「自ら提言する」組織への転換を掲げ、積極的に取り組みを進めている。税制や労務といった企業活動の根幹に関わる課題について、会員企業の声を明確に示し、政府との建設的な対話につなげるための新体制とは? 同会議所の会頭であり、三井物産マニラ支店長でもある野村一洋氏に、日系企業が持続的に成長できる環境づくりを目指した取り組みについて伺った。
編集部
フィリピン日本商工会の会頭に就任されて半年、現在の印象と商工会の役割は?
野村氏
貴重な体験をさせていただいています。会員のフィリピンでの事業環境をリードしていく、やりがいのある仕事ですね。
商工会は、日系企業の皆さんが共通の課題や悩みを共有し合う「仲間の集まる場」です。特に、異国の地でビジネスを展開するなかでは、同類の課題に直面するケースが多く、同邦の企業同士がざっくばらんに意見を交わし、情報を共有できる機会は貴重です。
そして、単に意見交換だけではなく、会員から寄せられた課題をしっかり把握し、必要に応じて日本大使館等と緊密な連携を図り、外国商工会議所連合(Joint Foreign Chambers)と共にフィリピン政府に対して働きかけ、具体的な改善策を提言する―その橋渡し役こそが我々の大きな使命だと考えています。
実際、現在も貿易産業省(DTI)や財務省(DOF)、さらに外資誘致担当の大統領補佐官フレデリック・ゴー氏(取材時点)のオフィスなど、政府の様々な機関と対話を進めています。
昨年、商工会として注力したのが、CREАTE法の改正に関する政策提言でした。製造業を中心とした日系企業には大きな見逃すことができない実務上の課題であり、我々も日本大使館と連携して現場の声を政策に反映させるべく活動し、最終的に成立したCREАTE MORE には、我々の意見が一定程度反映されたと感じます。 現在の焦点は「RMC No. 5-2024」、いわゆるデジタルサービス課税です。本社からのIT支援やコンサルにVАTやWHTが課される可能性があるなか、我々は外国商工会議所連合と連携し、「適用除外リスト」の策定を進めています。施行されれば多くの外国企業、特にサービス業全般にとって税負担軽減につながる非常に重要な取り組みです。
編集部
商工会の会員傾向と課題は?
野村氏
現在、当商工会の会員数は約680社と、コロナ前の水準に戻りつつあるものの、コロナ前のピーク(694社)には至っていません。会員企業の業種構成も変化して来ており、従来からの製造業企業が約4割を占める一方、最近はサービス業やリテール、不動産などの消費者向けビジネス企業の入会が増える傾向があります。
これらの業種は、行政との接点が比較的少なく、商工会への加入意義を感じにくい面があります。だからこそ、「税務」や「外国人就労ビザ」など、業種を問わず共通する課題に対して商工会が積極的に提言している姿勢を強く打ち出していく必要があります。
ただ、これまで当商工会では政策提言を専門的に担う体制を整えていませんでした。
他国の商工会議所を見ると米国商工会議所は非常に組織的かつ戦略的に政府への提言を行う専門チームを持ち、また欧州商工会議所は情報収集や分析力に優れ、知的で緻密なアプローチを展開しており、政策や法制度への影響力という意味で、圧倒的な存在感があります。
一方で、当商工会は、体制面でまだ発展途上にあり、これまでは他国の商工会の政策提言に「乗る」形が中心で、独自に動くケースは非常に限られていました。その姿勢を大きく変えるきっかけが、CREАTE法およびCREАTE MOREへの対応でした。
編集部
提言策定のための対策とは?
野村氏
本年、当商工会として初めて、政策提言を専門に担うフィリピン人スタッフを採用しました。彼は米国商工会議所などで政策提言を手がけてきた経験豊富なプロフェッショナルで、政府とも広いネットワークも持っています。この採用により、商工会の政策提言力が一段と強化できると確信しています。
日本人駐在員は任期が短く継続性の確保も課題ですが、今回のスタッフには組織内の知見を蓄積し、持続的な活動を支えてもらうことで、より実効性のある提言活動を展開することを期待しています。
さらに会員企業の声を拾い上げる仕組みとして、アンケート調査を本格的に導入しました。第一回目は、税務に関する課題をテーマに、調査を実施し、多くの企業から率直かつリアルなご意見が集まっています。アンケートはすべて匿名形式で行い、個社名を伏せた形で意見を集約し、データを基に、フィリピン国税庁(BIR)やDOFへのポジションペーパーを策定して行く予定であり、提言活動の成果は商工会の機関誌『P-Business』などを通じてご報告していきます。
また今後は、「ビザおよび労務問題」をテーマにしたアンケートも検討しています。ビザ取得のための期間や、その間の出国制限など、商工会にも実務上の障害が多く報告されており、これは、日本商工会単独ではなく、外国商工会議所連合との協働を通じて、提言につなげていく予定です。
編集部
日系企業の皆さんにメッセージを。
野村氏
日本企業にとってフィリピンは非常に親和性の高い市場です。官僚の対応も柔軟で日本への技術や投資への期待も未だ大きい一方で、頻繁な人事異動で合意が白紙に戻るなど、制度の継続性など課題もあります。汚職問題も話題になっていますが、今後責任の明確化とガバナンス強化が進むでしょう。
フィリピンが進化する中、日本側も柔軟な対応が求められます。我々商工会も政策提言が動き始め、日本企業の発信力が高まっていることを感じていただけるよう、役員一同覚悟を持って取り組んでいます。共通課題を共有し、より良い環境をつくるために、ぜひ商工会の活動にご参加いただきたいと思います。
編集部
アジア太平洋・三井物産の取組みは?
野村氏
三井物産のフィリピンでの事業は長い歴史を持っており、アバカやココナッツなどフィリピン産資源の輸出や、食品・化学品の輸入事業を継続して行ってきました。
この30年では事業参画にも積極的に取り組んでおり、中でもトヨタ自動車様との協業によるフィリピンでの事業立ち上げ支援は代表的な長期プロジェクトです。また2年ほど前には現地のインフラ・不動産大手「メトロ・パシフィック」に出資し、インフラ関連プロジェクトへの参画を本格化させました。
今後は、これまでの基幹事業に加え、リテール分野や、それを支えるロジスティクスやサプライチェーンの構築といった領域で、三井物産としても地に足をつけて、フィリピンの発展に資する事業に尽力したいと考えています。
【プロフィール】
神奈川県出身。幼少期を米国や欧州等で過ごした帰国子女。1990年慶應義塾大学商学部卒業、同年三井物産入社。当初より「情報産業」部門を主軸に業務を推進。海外駐在歴はアメリカ、シンガポールを経て、2023年から現職としてフィリピンに赴任。25年4月からフィリピン日本商工会議所会頭。フィリピン人妻を持ち、自ら志願しての赴任。ビジネスと家庭、双方において「フィリピンは第2の故郷」。
【趣味】
旅行。島のビーチでゆっくり過ごすのが最高。まだ開発が進んでいないところが好きだが、おススメはやはりボラカイ。
【座右の銘】
座右の銘ではないが、何にでも常に興味を持って満足しないで、次の興味を持って行動すること。スタッフにも常に言っています。





























