東南アジアで攻勢かけるメガバンク
きめ細かいサービスで顧客を成功へ
三菱東京UFJ銀行 マニラ支店長
中尾哲也さん
1962年富山県生まれ。少年時代から海外のラジオ放送に親しむ中、国際的な仕事に憧れを抱く。1985年旧東京銀行入行。入行29年、その半分以上を海外勤務で過ごす。2012年2月より現職。休日は、趣味兼仕事でゴルフ。
【好きな書籍】
最近読んだ中では「海賊とよばれた男」(百田尚樹著)。同業者から排他的な扱いを受けながらも、信念を貫いて事業を進める生き様に感銘を受けました。
【好きな言葉】
論語の「行くに径(こみち)に由らず」。
高校の漢文の先生が卒業時に贈ってくれた言葉。楽に見える小道ではなく、困難であっても王道を進め、ということです。自戒を込めて。
2013年時点で総資産額約270兆円と、世界の銀行の中で第二位の資産規模を誇る三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)。その中核としてグループを牽引する三菱東京UFJ銀行は、圧倒的な資本力を背景に東南アジアで増資や買収を進めるなど新たな戦略を加速させている。海外事業の拡大で名実共に世界一を目指す同行の、中尾哲也・マニラ支店長にお話をお聞きしました。
編集部
まずはご経歴について教えて下さい。
中尾さん
高校生の頃から海外で仕事をしたいとの思いが強く、大学では主に国際経済、貿易、為替について学びました。卒業後、1985年に旧東京銀行に入行。90年代にニューヨークに計6年半駐在し、その間旧三菱銀行との統合業務も担当しました。一度日本に戻り、2002年から3年間ドイツのデュッセルドルフに日系営業課長として赴任。その当時、日系の製造企業が安価な労働力を求めて西欧から中・東欧に進出する流れがあり、チェコ共和国のプラハ支店をゼロから立ち上げてそのまま支店長として計5年間駐在しました。再び日本に戻り1年半ほど経済協力部の部長としてJICAの円借款やODA資金をサポートする業務にあたりました。フィリピンにはその仕事で出張では訪れていたのですが、マニラ支店長として赴任したのが2012年の2月です。
編集部
入行以来、長い年月を海外で過ごされているのですね。
中尾さん
29年のキャリアのうち、計17年ですので、半分以上です。米、欧、アジアと三極にわたり、しかもその順番で赴任できたのは幸せだったと思います。アジア畑など、同一地域を専門に担当することも多いので。
編集部
マニラ支店の陣容、業務は?
中尾さん
総勢150名ほどのスタッフで、法人のお客様を対象に、貸出、預金、為替、送金、小切手発行等いわゆるフルバンキング・サービスを提供しています。フィリピン進出を計画している企業に現地事前調査のご案内をしたり、社員の方の生活面の情報提供をしたりと、サービスは多岐に渡ります。日本の担当者とも連携を取り、きめ細やかなサポートを心掛けています。私自身も時間の許す限り各地のお客様を訪問しています。セブには100社ほど日系企業がありますし、昨年は取引先のミンダナオ島・スリガオのニッケル製錬工場の見学にも伺いました。現地でお客様とお話しすることで、新たなニーズを見つけ出すことも期待できます。
編集部
フィリピン経済区庁(PEZA)と共に日本でフィリピン・セミナーを開催されました。
中尾さん
近年、年1回PEZAのデ・リマ長官と一緒に東京、大阪、名古屋で講演し、投資環境、日系企業動向などの情報をご提供しています。当初はフィリピンだけだと人が集まらないので近隣アジア諸国との共催でしたが、現在は単独開催できるようになりました。その場で必ずお伝えしているメッセージは、一度でいいからフィリピンに来てご自分の目で確かめて下さい、ということ。既にベトナム進出を決めていた大阪の製造業の社長さんに「とにかく最後に寄って下さい」と視察を進言し、結果的に大変気に入られてフィリピンに進出先を変更したという実例があります。
編集部
日系企業の進出は今後も増加するのでしょうか?
中尾さん
過去一年ほどの間大きく伸びましたが、ここにきて一服した感があります。為替が想定以上に円安傾向となり、当初の予算では進められなくなって保留となった案件もあります。一方で既に中国やベトナムに拠点を持つ企業が事業拡張の際にフィリピンを選択するケースが増えています。中国一極集中リスクの分散、またベトナムも最低賃金は低いものの平均賃金は年間2〜3割のペースで上昇し実際には最低賃金での雇用は難しい。その点日比関係は良好な上、賃金上昇は緩やかで最低賃金で英語の通じる人材が採用できる。改めてアジアを見渡してみるとフィリピンいいね、という事です。
編集部
マニラ支店は最近大幅な増資をされました。
中尾さん
お客様の資金需要の高まりや、フィリピン金融当局の新資本規制への対応として、2012年12月と今年3月に二度の増資を実施しました。その結果、現在の資本金は約46億ペソ(≒105億円)となっています。
編集部
現在の融資総額は?
中尾さん
現在、マニラ支店が関わる広義の融資残高は約2,000億円に相当し、日系企業のみならずフィリピンの財閥系企業への貸出も多くの割合を占めています。各財閥は系列銀行を持っていますが、グループ企業間での貸出限度額の規制もあり、多額の資金が必要なインフラ・プロジェクトやドル建ての買収案件などに当行から融資しています。
編集部
資産規模世界一位を目指す中で、海外支店の果たす役割は?
中尾さん
当行で海外収益が占める割合は全体の3〜4割ですが、それを更に引き上げたいという流れがあります。そこを牽引するのはアジア。直近、中国経済の停滞もあり、おのずと東南アジアの期待は高まっており、まずは何よりもフィリピンでビジネスを展開するお客様をしっかりとサポートして成功していただくことが第一です。
編集部
今後のフィリピンの発展には何が必要だとお考えでしょうか?
中尾さん
中間層が育っているのは事実だと思いますが、依然として貧富の差が激しい。理事を務めている日本人商工会議所では、フィリピン政府に自動車産業の集積を提言しています。現在のように完成品の組み立てだけではなく、国内で部品やその上流の原材料まで製造することで雇用は一気に拡大する。そうした裾野の広い産業が、今後この国の発展には重要だと思います。この様な提言を、在比日本大使らと共に政府と定期的に会合を持ち、外国の商工会とも連携して行っています。
編集部
フィリピンで暮らす日本人にとって、ペソと円の為替レートは常に気になるところです。大まかにいって今後はどのように推移していくとお考えですか?
中尾さん
ペソと円と言うと、米ドル・ペソの関係と円・米ドルの関係に分けられます。まずドル・ペソですが、基本的にはペソを売る材料が見当たりません。昨年の中頃から米国が金融引き締めを始めて新興国通貨と言うひとくくりでペソが売られる場面はあったものの、近隣諸国に比べてフィリピン経済は好調であることから売られ方は弱かった。円・ドルでは、現在の為替水準が落ち着きどころだと思います。今後、米国の金融政策の影響等はあっても、全体としてペソが徐々に上がっていく傾向は変わらないでしょう。