日系企業の進出をサポート フィリピンに精通した頼れる相談役
Deloitte Consulting Southeast Asia マネジャー
梅林 光紘さん
1983年生まれ。カナダ、ドイツで育ち高校からアメリカ、大学から日本へ。日本の保険会社の海外関連部門で2年勤めた後、ロンドンへ。退職後、コンサルティング業界に魅力を感じ、A.T.カーニーに転職。4年勤めた後、フィリピンでデロイトコンサルティングが立ち上げメンバーを募集していたため2年程前に着任。
好きな言葉
ありきたりですが、「一期一会」でしょうか。昔から海外のいろいろなところで生活し、いろいろな人に出会って刺激を受けて、その一つ一つの蓄積が自分を構築しています。仕事柄、いろいろなお客様に出会って学ぶことが非常に多いので、そんなところからも一期一会だなと感じます。
幼少期から世界各地で生活をしてきたが、フィリピンに惚れ込んで転職までしたという梅林さん。休日は現地調査も兼ねて各地を巡り、現地の人と話しをするのが楽しみという。「フィリピンについてより多くのことを深く知りたいという思いが、日系企業の役に立ち、更にフィリピンの発展につながれば」と語る真摯な姿が印象的だ。
編集部
入社したきっかけは?
梅林さん
フィリピンが大好きなんです。仕事でよく出張に来ていて、その時に、人や街の雰囲気、そして自然に惚れ込んで「一生ここで仕事をしたいな」と思っていました。デロイトがフィリピンで新たにコンサルティングビジネスを立ち上げるためのメンバーを集めている、という話を聞いて、こちらも是非という思いで入社しました。
編集部
Deloitte Consulting Southeast Asiaのサービス概要について教えてください。
梅林さん
端的には、フィリピンに進出を考えている日系企業や既に進出している日系企業様への様々なコンサルティングサービスの提供ですが、分かりやすくは大きく二つのサービスに分けられます。一つは簡易診断・調査です。例えば、あるマーケットの市場規模が今後どれくらい成長していくか調査します。フィリピンは日本のように統計資料が充実していないので、こうした情報を簡単に取ることができません。さらに消費者の動向はどうなっているのか、あるいは今の外食のトレンドはどうなっているのか、といった情報を調べるのが簡易診断・調査サービス内容です。もう一つが調査から踏み込んだ、より複雑なコンサルティングの話で、構想策定のサービスです。中でも一番多いのは戦略の策定です。例えば日本企業が新たにフィリピンに進出する際に、どういう顧客ターゲットを設定すればよいのか、どんなブランディングを行うべきか、といった戦略を考え、提案します。より大きな視点で言えば、フィリピンのマクロ環境を考えた時に、そもそもどんな事業を始めればいいのか、ということも、お客様と一緒に考えながら進めていきます。そのために必要な分析やリサーチも行っています。昨今では、こちらに工場を持つ大手のメーカーさんが、大きな組織の中でどうやったら業務効率を高めて残業代を減らせるか、コストを減らせるかといった組織改革のご相談も受けます。あとはM&Aについて、日本企業がフィリピン進出にあたり、当地の企業を買収する支援なども行います。
編集部
現地調査は具体的にどうやって調べるのですか?
梅林さん
最近でいうと消費財メーカーさんから「自社の商品を市場にもっと流通させていきたい」というご相談を受けた例があります。そもそもフィリピンの消費財の市場を見たときに、販売チャネルはほとんどが未だにサリサリストアなんです。市場は、ロビンソンやSMなどのスーパーやコンビニエンスストアといったモダントレードとサリサリストアのような個人商店を表すトラディショナルトレードに大きく分けられますが、フィリピンでは市場の7割強がトラディショナルトレードなんです。ですから、仮に日系のメーカーがフィリピン国民の100パーセントを相手に商品を届けたいとなると、サリサリストアに商品を卸すことが必須です。では卸すためにはどうしたらいいのか、ということで、我々が実際にいくつかの地域に足を運んで、サリサリストアのオーナーにどこで物を仕入れてきているのかということを聞いて調査します。「あそこの問屋から仕入れている」ということであればそこに出向いて、更にその問屋はどこから仕入れているのかを聞く。そうやってどんどん上流に遡って流通構造を把握します。サリサリストアによっては直接スーパーで買って仕入れているところもあるので、「こういう流通経路もあるのか」といったことを地道に調べます。サリサリストアの仕入れ経路が分かれば、商品は逆に流れているわけですから、その調査結果をもとに、どうやったら末端のサリサリストアにたどり着くのかという戦略を日系企業さんと一緒に立てられるわけです。ですので、実際に現地に足を運んでみているということが特徴と言えますね。
編集部
梅林さんご自身の業務内容を教えてください。
梅林さん
提案書を作るとかプロジェクトの成果物を作るといった資料作成のためにオフィスで仕事をしていることもありますが、他にも当地スタッフや日本人スタッフがいますので、これらの作業は任せられます。私はどちらかというとお客様のところに赴いて「こういうことを一緒にやりませんか?」というような話をしていることが多いので、オフィス以外での仕事が半分くらいですね。もちろんプロジェクトによって現場に足を運ぶ必要が有るものと無いものがありますが、現場に足を運ぶ必要があれば、例えば工場の現場を見に行ったり、サリサリストアに行って流通構造を調べたり、デパートに行っていくらで商品が売られているか、とか、ウカイウカイではいくらで物が売られているか、といったことも調べます。
編集部
デロイトは世界中に拠点がありますが、国ごとで異動はあるのですか?
梅林さん
基本はそれぞれの国のファームでの活動になりますが、東南アジアの場合は国ごとではなく、東南アジアで一つの地域という枠組みになっています。例えばインドネシアでプロジェクトがあって仮にフィリピンに空いているメンバーがいればそのスタッフがインドネシアに行ってプロジェクトに参加するということはありますし、もちろんその逆もあって、今フィリピンは人が不足しているので、今いるプロジェクトメンバーも、タイ、マレーシア、シンガポールから集まってきています。
編集部
東南アジアの中でフィリピンはどういった位置づけですか?
梅林さん
正直、今まで日系企業はフィリピンにフォーカスしてこなかったのですが、昨今、他の東南アジアの国の経済が減退する一方で人件費は急激に高騰する中、フィリピンは経済も好調で、人件費もミニマムに抑えられていることから、日系企業のフィリピンを見る目が変わってきていると感じます。特に、経済の発展という点では、一人当たりの所得がどんどん上がっています。そして人口が約1億人いる。そうすると比較的お金を持った1億人の人口を抱えた大きな市場となるので、日系企業にとって非常に魅力的になりつつあります。また、ドゥテルテ政権に変わってから外資を積極的に誘致しようという動きも出てきたので、日系企業にとっては追い風になっています。そういった動きが見られる中で、当社にとっても東南アジアにおけるフィリピンの重要性は日に日に増してきており、東南アジアにおいて、次に収益、売上の拡大が大きく見込まれる地域として期待されていると思います。更に、国民が英語を話せてナレッジトランスファーも非常にやりやすい。日系企業はそういったところにもメリットを感じて当地に入ってきているので、我々もご相談を頂く機会が一層増しています。
編集部
数年前と比べるとフィリピン経済は非常によくなってきているんですね。ここ数年の日系企業からの依頼の傾向は?
梅林さん
当地に既に来られている日系企業の方はフィリピンが今アツくなってきているということを体感している方達です。それを日本の本社の人たちにも理解して欲しい、ということで、それを示すための明確なファクトを集めてプレゼンするということをお願いされることがあります。あとは組織改革です。これから売上の伸びが大きく見込まれる中で、今のままの業務効率では、会社が回らなくなってしまう。取り返しがつかなくなる前に業務の改善をしようということで、その支援させて頂く場合があります。あとは、約1億人の人口を抱えているフィリピン市場に参入したいが、どうすればいいのか、というご相談もあります。
編集部
最近フィリピンに進出したいと考えている企業の特徴はありますか?
梅林さん
消費財メーカーが多いですね。主に食料品やトイレタリーのメーカーです。それからフィリピンでの戦略を見直したいと考えているのは、製造業に多いですね。商社などからは、こちらで新しいビジネスができないかご相談を受けたりもします。今後のマクロの市場の変化であったり、近隣諸国の状況であったりを先取りしながら、どこに事業機会があるか探って欲しいという依頼もあります。
編集部
フィリピンで事業を行う上で苦労している点はありますか?
梅林さん
正直、フィリピンだからといって苦労している点は無いですね。強いて言うなら渋滞がひどいことです。お客様のところに行くのに時間が読めないのでかなり早めに行かなくてはならなくて、結果、早く着き過ぎて、無駄に時間を過ごすことがあるのが嫌なところですね。
編集部
フィリピン国内で今後どのような事業、サービスを展開されていく予定ですか?
梅林さん
これまでは、戦略策定や組織改革、M&Aといったところが主なサービスだったのですが、今後は当社の中にいる人事の専門家や、ITの専門家を呼び寄せてサービスを広げていきたいという希望はあります。引き続き当地への日系企業の進出が加速する中で、より幅広くお客様にサービスを提供できればと思います。もちろん私一人ではできないので、そうした分野に強いメンバーを他の国から連れて来るなどしながら、我々自身の事業・サービスも拡大していきたいと思います。
編集部
フィリピン人スタッフの獲得や教育について
梅林さん
フィリピン人かどうか、ということには関わらないのですが、優秀なスタッフを獲得する上での選定基準にはいくつかポイントがあります。一つはロジカルに物事を考えられるか。二つ目は向上心があるか。三つ目は打たれ強いかです。具体的にどのように選考をしているかというと、一つ目のロジカルという意味では、面接の際、例えば「どのようにPan de Manilaの売り上げを伸ばすか?」、という質問に対して、どのように考えて、どのような打ち手を講じるか説明をしてもらい、その説明が論理的かどうかの判断をします。二つ目の向上心に関しては、学校の成績などももちろん見ていますが、コンサルティングという仕事は時には寝ないで仕事をしたりすることもある世界なので、そうした環境でやっていけるか。そして自分を成長させるためにそれだけ頑張れるかを確認します。三つ目の打たれ強いかという点では、面接の中でロジカルに何度も「それは何故なの?」と聞き、ロジックが破綻したところがあれば、それを突っ込み、その突っ込みに耐えられるかということを見ます。我々の仕事ではお客様に突っ込まれるようなものは出せないので、最初からしっかり論理的にできるかというところが重要です。
もちろん初めから一人前のコンサルタントはいないので、新しく入ったメンバーには教育をしていきます。コンサルタントの心得的な話はメンバーのパフォーマンスを見ながら個別に面談をしています。説得するのが仕事の一つだったりするので、こうした面談も極力ロジカルに話しを進めていき、最終的にメンバーが仕事に対する責任や覚悟を持つ状況を作りあげるようにしています。この前、ある一人のスタッフのアウトプットがとても悪かったんです。それでどうしてか尋ねたところ「他のメンバーは作業期間が四日あったけれど自分には三日しか無かった」と言うんです。急いで作ったから上手くいかなかったと。これは即ち、同じ日数を与えれば、他のメンバーと同様のクオリティのアウトプットが出せるということを言っています。そこでプロジェクトの中間報告の前だったこともあり、「分かった。今回は仕方ないね。でも次の最終報告までにはみんな同じ労働時間があるわけだから同じクオリティのアウトプットが出ると期待している。」と、メンバーが発言したことに対して、覚悟をせざるおえない状況を作ることで、メンバーのコンサルタントとしての心得を学んでもらうようにしています。
編集部
逆にフィリピン人スタッフの優秀なところは?
梅林さん
人にもよりますが、コミュニケーション能力が高いところですね。情報を聞き出す力であるとか。また、当社のメンバーが特別かもしれませんが、現在の経済環境や政治の状況に非常に感度が高いです。なので、例えば「今日ドゥテルテが言った政策ってどういう意味合いなの?」と聞くと、「こういう背景があって、だから彼はこういっているのだけれども、でも僕は賛成しないんだよね」と、彼なりの意見があったりするので、そういうところはいいなと思いますね。
日本人は自国の経済や政治にあまり興味が無い傾向がありますよね。一方、この国の人たちはタクシーの運転手でさえもすごく経済や政治に関心があって、いつでもディスカッションできるのはすごいなと感じますね。
編集部
心に残っている本は?
梅林さん
ビジネス系の本が多いのですが、最近読んだ本で面白かったのは『ゼロ・トゥ・ワン』というシリコンバレーの起業家、ピーター・ティールが書いたものです。彼のスタンフォード大学での起業論の講義内容をまとめたものです。イノベーティブな新規事業を創出する上での彼の考え方等をまとめてあって、大胆なことも書いてあります。既にあるものに付加価値を追加してものを作るのは簡単だが、ゼロからイチを作るのは非常に難しいことであり、これが本来企業家が目指すべき方向性であると述べています。単純に、既存の市場のなかで競争をしていると、結局いつかは利益が毀損され、企業としての価値が大きく下がる。つまり、競争環境に身を置くのではなく、ゼロからイチを創造して競争の無い独占の状態を作ってビジネスをやるべきだと。まさにGoogleなどは独占の地位を築いて大きな利益を享受している、という話なのですが、その考え方が非常に面白いなと思いました。東南アジアでコンサルティングをするとよくあるのが、「今のフィリピンの1人当たりGDPはタイにおける10年前の数字だよね」とか「日本の1970年のレベルだよね」という話から、「じゃあ例えば日本でその当時流行ったことをこっちに持ってきたらビジネスになるんじゃないか」といった会話です。コンサルティング用語でタイムマシンと言うのですが、経済的に発展していない国というのは既に経済的な発展を遂げた国が歩んだ筋道を通って、そこに事業の機会が生まれるのではないかという考え方です。ただ、1970年代の日本と今のフィリピンを比べたときに1人当たりGDPは同じかもしれないけれど、それを取り巻くインフラ環境も全然違いますし、そもそもフィリピン人と日本人では違う、とか、いろんな要素が異なりますよね。今、フィリピンにあるビジネスはどちらかというと他の国にもあるようなビジネスですが、フィリピンの特徴をつかんだ上でフィリピンだからできる、まさにイノベーションとなるような新たなビジネス機会を創出することができるんじゃないかと思っています。プロジェクト等を通して、日系企業が当地において、こうした新たなビジネスを創出していくことに貢献できればいいなと思っています。
編集部
梅林さんご自身の今後の夢や展望をお聞かせください。
梅林さん
フィリピンが好きなので、より多くの人や企業のフィリピン進出の際の支援やその後の、支援を通じてビジネスを大きくしていきたいです。日系企業の当地におけるプレゼンスを上げることに貢献したいですね。実際、中華系の企業が今後プレゼンスを増していくと言われている中で、日系企業にとって厳しい局面が今後出て来ることもあると思います。その中で、我々にご相談頂いたことにより競争優位性を維持することができたとか、より上手くいったということを言ってもらえるような、そんな事が出来ればと思います。日系企業が進出することによって、それだけ新規雇用も生まれる。ドゥテルテ大統領が撲滅しようとしている貧困も、雇用が生まれれば徐々に減っていくので、フィリピンが抱える社会課題を解決する流れにも繋げられるのかなと思います。
編集部
プライベートな時間はどう過ごされますか?
梅林さん
フィリピンを隅から隅まで知りたいなと思っていて、仕事の延長みたいなものですけれど、時間があると行ったことのない地域に行ってみたりします。実際に見て街の人にインタビューしてローカルなお店でレッドホースを飲みながらおばちゃんとしゃべったりするのが好きです。それをマニラでやっていることもあれば、地方都市に行ったりもします。その時々でお客様から「こんなことに興味があるんだよね」と言われていることがあればそれも調べたりします。なので、週末はトンドのスラムに行ったりだとか、パヤタスのダンプサイトに行って、ゴミ山でゴミを拾っている人たちの生活の状況をインタビューしたりしています。
編集部
タガログ語でですか?
梅林さん
日々勉強しているのである程度はしゃべれます。サリサリストアのおばちゃんにインタビューするとなると、タガログ語がしゃべれないと結構きついので。ただ、まだまだです。。。(苦笑) コンサルティングの仕事は知識量だけで戦っているのではないですが、やはり知識は、知れば知る程、商売の道具になります。特に私はこの国が好きで、もっと知りたいと思っているので、趣味が仕事を補完するような感じになっていますね。本当にフィリピンが好き過ぎて、海外出張の三日前くらいになるとすごく憂鬱な気分になるんです(笑)。基本ASEAN内では予定が二日をまたがない限り、確実に日帰りにします。一日たりともフィリピンを離れたくないと(笑)。