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第五十九回ビジネス烈伝 / Quipper 直鳥 裕樹 さん

誰にとっても合理的な新たな仕組みで比の教育に一石を投じる

Quipper
Country Manager
直鳥 裕樹 さん

1973年、佐賀県出身。フロリダ工科大学を経てスタンフォード大学へ。航空宇宙工学を専攻。卒業後、アンダーセンコンサルティングの東京オフィスに勤務。その後2000年に会社を設立しコンサルとしてYahoo! BBの立ち上げから関わる。’14年にQuipperへ転職。趣味はマラソン。

〈座右の銘〉
キング牧師の言葉。「If you can’t fly then run, if you can’t run then walk, if you can’t walk then crawl, but whatever you do, you have to keep moving forward.」

授業動画を使って塾に行くよりも格段に安く学習できる方法が日本でも話題になっている。その仕組みをフィリピンの学校の授業にも取り入れているのがQuipper。私立校の他に、マカティ市などで公立校にも導入され始めている。宿題の準備や採点に追われることのないシステムを導入すれば教員の負担も大幅に軽減されるだろう。

 

 

編集部

 

大学はどちらに行かれましたか?

 

直鳥さん

 

アメリカへ留学しました。高校生の頃、落合信彦さんの影響を受けまして、ホームステイで1ヵ月ほどフロリダに行きました。それがきっかけでアメリカ留学をすることになりましたね。大学探しは縁があったフロリダを中心に行いました。 私は理系でしたので文系に比べて英語のスキルは求められませんでしたが、これからの時代は英語が話せた方が良いだろうと考えていました。当時、英語がすごく苦手でしたので、「それならアメリカに行って英語で勉強すれば習得できるのではないか。」と安直に思い、留学することにしました。アメリカへ行こうと決めてからは英語を勉強しましたよ。
それから単に受験勉強が嫌になったというのもありますね(笑)。勉強そのものは好きなのですが、大学に入るための受験勉強にはどうも身が入りませんでした。

 

 

編集部

 

その当時、アメリカ留学する人は少なかったのではないですか?

 

直鳥さん

 

そうですね。大学入学後に交換留学で海外に行く人はいましたが、最初から海外に行く人は珍しかったです。通っていた高校は進学校で、卒業する頃になるとそれぞれの進学先の大学が張り出されました。そこにFlorida Institute of Technology(フロリダ工科大学)と英語で書かれたのは私だけでしたね。
父親は「佐賀大学に行きなさい。」と最初は言っていました。それでも私は九州から出て行きたかったので、最終的には「東京でもアメリカでも好きなところへ行っていいよ。」と許してくれましたね。
留学情報を得るために、留学雑誌を見たり、福岡の領事館に行って領事館付属の図書館で大学情報を調べましたよ。アメリカの大学では受験はないのですがTOEFLとSATを受ける必要がありました。それらの試験結果、高校の成績表、推薦状を大学に送りました。もちろん郵便でのやりとりでしたので時間がかかりましたね。

 

 

編集部

 

アメリカに行ってみてどうでしたか?

 

直鳥さん

 

最初の1ヵ月は英語が全然理解できなくて辛かったですね。アメリカの大学では英語の試験結果が良くないと付属の英語学校に行く必要があるのですが、私の場合、たまたまTOEFLの点数が良かったので英語学校に行かず、最初から授業を受けました。そのため授業についていくのが大変でした。
それから、当時フロリダ工科大学はクオーター制で3月、6月、9月、12月の学期毎に入学を受け付けていました。私は3月から入学しましたが、ほとんどの人は9月に入学していました。ですので、同じタイミングで入学した人がほとんどいなくて、コミュニケーション面で苦労しましたね。それでも数ヶ月後には、気がついたら普通に生活できていましたよ。
フロリダ工科大学で3年半過ごし、その後カリフォルニアのスタンフォード大学に移りました。宇宙飛行士になりたいと思い、修士課程で航空宇宙工学を学びました。私はテレビや本の影響を受けやすいタイプで、子供の頃にガンダムとかを見て宇宙に行くことを夢見ていましたね。

 

 

編集部

 

宇宙飛行士になるためには航空宇宙工学を学ぶ必要があるのですか?

 

直鳥さん

 

そういうわけでもなく、今考えれば色々な道があるのですが、当時はそのように思い込んでいましたね。宇宙飛行士と言えばNASAが思い浮かびますよね。大学から車で30分ほどのところにNASAのケネディスペースセンターがありまして、よく見に行っていましたよ。修士課程は最短1年で取得できますので、詰め込んで1年間で卒業しました。

 

 

編集部

 

スタンフォード大学は多くの著名人を輩出していますよね。

 

直鳥さん

 

そうですね。ちょうど私が在籍していた頃はYahoo!の創業者がまだスタンフォード大学の中で事業を開始したタイミングでしたね。彼らは博士課程でしたので直接交流があったわけではありませんが、噂は聞いていました。彼らは学区内のサーバーを借りていて、ジェリー・ヤンが相撲力士の曙が好きでしたので、ドメイン名がAKEBONOとなっていましたよ(笑)。そしていつの間にかyahoo.comを立ち上げていました。今にして思えば、あれが巨大ビジネスになってしまうのだなと驚きを隠せませんね。

 

 

編集部

 

アメリカの大学を卒業された後はどうされましたか?

 

直鳥さん

 

その頃は大前研一さんの影響を受けていました。大前さんは当時、「企業参謀」という本を書いていて、参謀というのは若くして大企業の経営陣にアドバイスして、大金を稼いでいるということを知りましたね。スタンフォード大学にいた頃、リクルーティングパーティーというのがありまして、そこにマッキンゼーの人事担当者が参加していました。そのときからコンサルティング業界に興味を持ち始めましたね。’94年頃です。就職先を探すときにコンサルティング業界を志望し、幾つかある中からアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に行くことにしました。配属は東京オフィスでした。

 

 

編集部

 

アンダーセンに入社して東京に来てからはいかがでしたか?

 

直鳥さん

 

アンダーセンは2年半くらいで退職しました。その後は転々としてきましたね。 まずインフィニティというアメリカのソフトウェア会社に転職しましたが、転職した途端にすぐに買収されてしまいました。ストックオプションも全部飛んでしまいました。結局1年くらいで辞めて、次はモニターカンパニーというコンサル会社に入りました。ですがイメージと違っていて、ここも1年くらいで辞めました。
アンダーセンの時の先輩に誘われて、次はソフトバンクグループの会社に入りました。その会社ではアメリカの会社と一緒にジョイントベンチャーを立ち上げました。インズウェブという保険のポータルサイトを運営しましたよ。前々からネット業界に携わりたいと考えていたので、ようやくできたという感覚でしたね。しばらくして、次はその先輩たちと一緒に新しい会社を作りました。2000年頃です。

 

 

編集部

 

どのような会社を設立されたのですか?

 

直鳥さん

 

コンサル会社なのですが、実態は何でも屋さんでしたね。そこで私はソフトバンクとの取引を担当しました。ですのでコンサルタントとして出戻りした形でしたね。
当時、ソフトバンクはスカパーの立ち上げをしていました。私はその代理店で立ち上げのお手伝いをしました。その後、ソフトバンクのADSL、Yahoo! BBの立ち上げチームに所属しました。まだソフトバンクが大きくなる前でしたので、孫さんが普通の会議に参加していましたよ。
ADSL事業で存在していたのはNTTのフレッツADSLくらいで、東京めたりっく通信が頭角を現してきたときでしたね。フレッツADSLは1.5Mbpsくらいで5,000〜6,000円という価格設定でしたが、この価格帯で普及させるのは難しいと考えて、Yahoo! BBでは8Mbpsのを1980円で売り出すという事業計画を立てました。

 

 

編集部

 

あれは革命でしたね。おかげで日本の通信価格が下がりました。

 

直鳥さん

 

そうですね。その後、ブロードバンドが世の中に拡大していきました。そこに1年近く関われたことは良い経験になりました。Yahoo! BBを立ち上げた後は、Yahoo! BBを駆使して付加価値のあるサービスの企画をしていました。安直なのですが、スカパーからコンテンツを仕入れてADSL上でケーブルテレビの動画を流したら面白いということで、BBTVという孫会社を立ち上げました。実際に総務省に行って放送事業者の登録をしましたよ。ただ、この事業は時代が早すぎたのもあり、結果的にうまくいきませんでしたね。十数年経ってNetflixなどはうまくいっています。その走りでしたね。
その後は会社が徐々に成長し、ソフトバンク以外にも取引が増えたり、従業員を雇ったりしました。’03年くらいですね。今度は大企業の新規事業コンサルに注力しました。大企業にまだまだ余力があった時代でした。新規事業を立ち上げたけれど業績が伸び悩んでいるところに私たちが入っていきました。大企業の新規事業で1番問題となるのは営業でした。新規事業の場合、これまでと同じチャネルでは売れない場合が多いので、私たちがプレマーケティングから入り込んで新規事業立ち上げのサポートをしていました。
’07年くらいからは、ソフトウェアに関する業務に切り替えていきました。当時、Web2.0やAjaxなどの新しいウェブ技術が出てきたころで、必要な言語としてJavaScriptがありました。JavaScriptは使用するのが難しく、使いやすくするためのフレームワークが幾つも開発されたのですが、どれもオープンソースで企業としては導入しづらいものでした。その中で、商用ライセンス・サポートを提供するExt JSというフレームワークが登場し、しかも非常に使いやすいものでした。開発者に問い合わせたところ、これから会社を立ち上げるということでした。そこで、日本でのライセンス販売を担当させてほしいと開発者にお願いしました。そして、それ専門の会社を立ち上げました。最初は所属している会社の子会社として立ち上げましたが、途中からは私1人で独立して、’12年まで継続しました。ライセンス契約が’12年に終了しまして、そのときに会社を閉じました。
プライベートでは子供が2人生まれましたね。手狭でしたので、東京を離れて茅ヶ崎に引っ越しました。お客さまは全国各地にいましたが、導入自体に問題はありませんでした。トレーニングやサポート、技術者たちを集めての勉強会があるときは各地へ行っていましたよ。この頃からプライベートに比重を置くようになりまして、’07年からの5年間はまわりからはセミリタイヤと呼ばれてましたね(笑)。逆にそれまではずっと働きづめでした。

 

 

編集部

 

’12年に会社を閉じた後は?

 

直鳥さん

 

どこかに就職しようか、それとも新しく会社を立ち上げようか、と1年間考えていましたね。
私は焦っていませんでしたが、妻が焦っているのは感じました(笑)。妻が歯医者でしたので、家族の収入源はありましたが、1年が経ち、「いい加減、そろそろ働きなさい。」と妻に言われて、2014年の年明けから仕事を探し始めました。そこで偶然、Quipperがアジア事業責任者を募集しているのを見つけました。フィリピンが拠点とは知りませんでしたが、海外に行きたかったので応募しました。面接時に、「直鳥さんにフィットするかどうかわかりませんが、試しに2週間フィリピンに行ってもらって、それから返事をもらえませんか?」と言われて、4月中旬にマニラに来ました。
Quipperそのものは’11年に起業しましたが、すぐには軌道に乗っておらず、’14年当時はQuipperの今につながるシステムがちょうど確立されたばかりの時期でした。それを最初に展開する場所を探した結果、フィリピンが選ばれたということでした。条件としては、英語で直接お客さまと話せることと、先進国ではすでに競合がいましたので発展途上国であることでした。それからフィリピンは人口が1億人なので、ここで使えるサービスであれば規模的にインドネシアやタイでも充分通用するだろう、という仮説のもとで選んだそうです。

 

 

編集部

 

なぜQuipperを選んだのですか?

 

直鳥さん

 

海外に行きたかったのが1番の理由です。それからインターネットのサービスかつスタートアップをしたいと考えていました。Quipperにはそのピースが全部揃っていました。

 

 

編集部

 

海外というのは冒険でしたか?

 

直鳥さん

 

失敗したら他の道を探ればいいと考えていましたので、そこまで冒険とは感じませんでした。それに最初は単身赴任でしたので気楽でした。半年後にはここで成功させようと決意しましたので、妻に仕事を辞めてもらってこちらに移住するように話をしました。

 

 

編集部

 

フィリピンにおけるQuipperのビジネスについて教えてください。

 

直鳥さん

 

簡単に言いますと、フィリピン小中高の生徒・先生向けにオンラインの学習管理システムを作り、それを学校に対して提供しています。通常の教育現場では、先生が教科書を使って授業して、授業後に紙ベースの宿題を配布します。そして生徒は宿題をして、先生はそれを回収して採点して返す、という流れです。一方、Quipperの学習管理システムには充実した教育コンテンツが揃っています。特に宿題の配信、採点、個別の学習データ管理がオンラインで簡単にできます。宿題や授業に関するあらゆるプロセスをオンライン化したことで、先生の作業工数を劇的に削減することができます。実際にQuipperを一度利用した先生にとって、なくてはならない存在となっています。
コンテンツは私たちが用意しておりますが、先生自身がオリジナルの教材を作成することも可能です。コンテンツの使い方は様々で、例えばスクリーンやテレビに映し出して授業することもできますし、PDFデータをプリントアウトすることもできます。それから、私たちはビデオコンテンツも持っています。授業の最初に概要を10分くらいにまとめた動画を見せて、その後に先生と生徒がディスカッションしながら授業を進めることもできます。生徒が自宅で授業動画を見ることもできます。さらに生徒の親にもアカウントを発行していますので、親が自分の子供の進捗やクラスの平均点をチェックしたりできます。
また、私たちがフィリピンに参入したタイミングでK-12教育改革が実行されて、11年生、12年生が足されました。マーケティング戦略上、そこにサービスをあてていきました。私たちのサービスは小学生などにも提供していますが、日本の高校生にあたる10年生から12年生が主な対象です。

 

 

編集部

 

生徒全員がスマホで学習や宿題をできる環境が理想形ですか?

 

直鳥さん

 

そうですね。スマホを使って、家でゲームをするような感覚でQuipperに取り組んでもらいたいです。特に予習ができるといいですね。学校に来る前に生徒は予習を行い、学校では先生がそのテーマに対して生徒に問いかけてディスカッションする形です。一方的に教えるのではなくて、先生とのキャッチボールによって学習効果を高めてもらう、理解を深めるというのが理想です。
スマホ普及率は高くなってきていますが、まだ全員が持っているわけではありません。それでもIT関係に予算がつくようになってきて、公立校でもパソコンルームが整備されてきていますよ。特にメトロマニラでは、ほとんどの公立校にパソコンルームがあり、スマホが無い人でも学習ができるようになっています。

 

 

編集部

 

Quipperに入っている教材だけで十分ですか?

 

直鳥さん

 

フィリピンではQuipperが用意した教材コンテンツでほぼ十分と言えるのが現状です。標準で入っているのはベーシックな教材だけですので、本当は先生たちが追加していってほしいと考えています。

 

 

編集部

 

直鳥さんがフィリピンに来られた’14年、どのような経営戦略でしたか?

 

直鳥さん

 

まずユーザーを増そうということで、Quipper Schoolというサービスを無料で提供していました。いかに多くの先生や生徒に使用してもらえるかが勝負でしたが、なかなか難しかったですね。教育コンテンツはエンターテイメントではないので、無料にすれば簡単にユーザーが獲得できるというものではありませんでした。例えば、先生向けのコンテンツは先生の作業時間を低減することを目的としたサービスなのですが、その使い方を覚えてもらうために最初は追加のタスクになってしまいます。使用後の効果を知っていれば導入は進むのですが、どうしても最初の追加タスクという意識が障害となっていましたね。

 

 

編集部

 

’15年にリクルートマーケティングパートナーズに約48億円で買収されました。どのような経緯でしたか?

 

直鳥さん

 

リクルートマーケティングパートナーズが’11年から受験サプリ(現スタディサプリ)で動画授業を始めていました。それを海外に広めたいというときに、Quipperの事業に興味を持ち、Quipperを傘下に置いて海外事業展開を強化したという流れになります。

 

 

編集部

 

買収後、どのような変化がありましたか?

 

直鳥さん

 

もともとQuipperはテクノロジーとB to Cマーケティングの会社で、営業力はそれほど高くはありませんでしたが、そこにリクルートの営業力が加わったのが大きな変化ですね。私自身はソフトバンクで働いていたときに馴染みがありましたので、リクルート式の営業に違和感はありませんでした。あとは潤沢な資金力を手に入れたおかげで、計画的に開発を進めていくことができるようになりました。

 

 

編集部

 

コンテンツ作りに影響はありましたか?

 

直鳥さん

 

システムはQuipper側に寄せようということになりましたので、大きな影響はありませんでした。Quipperのシステムをベースにして、お互いのシステムを統合しました。
Quipperではビデオを含めたコンテンツは基本的に各拠点で制作しています。拠点としてはインドネシア、フィリピン、メキシコ、日本、ロンドンがあります。どの拠点もシステムは統一されており、その上で各拠点でコンテンツ制作をしています。現地で先生を採用し、スタジオを借りて撮影したりしていますよ。

 

 

編集部

 

フィリピンでQuipperはどのように成長してきましたか?

 

直鳥さん

 

買収後の’15年9月からB to Bの学校向け有料サービスに特化して売り始めたのが大きなステップでしたね。それ以前は学校向け以外にも、B to Cの生徒向け無料サービスを提供していました。日本やインドネシア、メキシコなどのように受験が産業となっているエリアでは受験生向けのサービスが成立するのですが、フィリピンでは統一試験がなく、B to Cで攻めるのは難しかったですね。ですので、学校への営業に的を絞りました。
’15年9月に営業チームを作り、それまでカスタマーサポートを担当していた人を営業チームに異動させたり、営業経験者を新しく採用したりしました。自分たちのサービスがどのような内容で、何を販売しているのか理解させることから徹底しました。実際の営業活動は、公立校では市全体を動かすことになるので簡単には買ってもらえませんでしたし、私立校では何のコネクションもありませんでしたので門前払い状態でした。それでも愚直に営業を続けた結果、’16年は約10校と契約できました。生徒数では数百人です。そして昨年は約60校、生徒数20,000人以上を獲得できました。マカティ市やラスピニャス市、パラニャーケ市などにも予算をつけてもらい、公立校にも販売することができました。

 

 

編集部

 

市の予算を取るのは大変ではなかったですか?

 

直鳥さん

 

大変なのは間違いありません。ローカルの競合会社もありますので、入札で決まりましたね。ローカルの教育出版社などが3~4年前からe-learningのサービスを展開しています。例えばマカティ市では、私たちが無料サービスを提供していた頃から関係を築いてきました。先生たちからは、私たちのサービスが使いやすいと評価してもらえております。マカティ市内に公立の高校が10校ありまして、全ての学校でQuipperを使用してもらっています。 実は予算を取った後も大変です。私立校では契約が複数年なのですが、政府系機関の公立校は1年契約です。毎年入札に参加する必要がありますので、気が休まりませんね。

 

 

編集部

 

営業されている中で何か面白い話や失敗談はありましたか?

 

直鳥さん

 

最近あった話なのですが、とある公立校のオーナーから、「Quipperはけしからん!」と怒りの電話がかかってきました。その学校は飛行機で行くほど遠いところにあり、以前に調査のため営業スタッフが訪問していました。そのときに泊まったホテルに問題があったそうで、オーナーに話を聞いたところ、「私のホテルに泊まらないとはけしからん!」ということでした。その街にホテルは2つあり、経費削減でスタッフはもう一方の安い方に宿泊していました。どうやらそのオーナーは学校だけでなく、ホテルや色々な会社を経営しているとのことでした。そうと知っていれば、そのホテルを利用したのに、そこまでは知る由はありませんでしたね。3年契約なのに、「もう打ち切ろうと思っている。」と理不尽にも思えることを言われました(笑)。

 

 

編集部

 

フィリピン拠点の位置づけは?

 

直鳥さん

 

フィリピンはインドネシアに次いで重要な拠点と言えます。フィリピンの市場規模は海外拠点の中で2番目です。インドネシアは人口がフィリピンの倍以上で最も重要な拠点です。
それからフィリピンの開発部隊はQuipperの中でも重宝されていますので開発拠点として重要です。フィリピン人のプログラマーは優秀ですよ。全員20代前半で若いですね。
ちなみに私は当初アジア全体を担当していましたので、フィリピンを立ち上げた後、’15年初めにインドネシアも立ち上げました。その後、タイのバンコクでも立ち上げたのですが、手が回らず今は閉じていますね。

 

 

編集部

 

フィリピンで事業を行う上で問題点はありますか?またどのように解決していますか?

 

直鳥さん

 

1番の問題はインターネット環境ですね。お客さまがQuipperを希望してくださっても、そもそも回線が引けないことがあります。あるいは割高な回線しか引けず、私たちのライセンス料よりもインターネット代金の方が高くなってしまうこともあります。特に田舎ではPLDTとグローブ以外に選択肢がありません。これは私たちにはどうすることもできない問題です。
それから、事業のスケジュール作成が難しいです。1週間先の話はできるのですが、1年先になると話が通じず見通しが立たなくなりますね。社内だけでなく、お客さまとのやり取りも同様です。お客さまの要望に合わせるため、臨機応変に動けるようにしています。
先日、教育大臣との会合がありました。とてもフォーマルな会合なのに通知が来たのが前々日で、しかもスピーチの依頼もそのときでした。当日、私は簡単にスピーチしただけなのですが、他の会社は色々と用意してきていました。なぜなのか不思議でしたが、フィリピンではこのような流れが当たり前なのかもしれませんね。

 

 

編集部

 

同業他社と比較しての強みは何ですか?

 

直鳥さん

 

まずビデオコンテンツはQuipperだけが持つサービスです。そしてサービスの使い勝手が断然良いです。それからアフターサービスのサポートも充実しています。困ったことがあった場合、すぐに駆けつける体制を整えてあります。使い方に関する質問が多いので、それを教えたりもしています。他社さんでは売った後のサポートが無いと聞いていますので、その差は明らかです。その他には、プラットフォームの安定性が高いです。常にクラウドベース上で他国でも使われており、アップデートが継続して行われています。

 

 

編集部

 

逆に課題はありますか?

 

直鳥さん

 

Quipperを導入してもらった後の効果実証が課題です。何をもって効果があったとするのかを議論しているところです。先生、生徒、親それぞれにどのようなメリットがあるのか明確にしていく必要があります。

 

 

編集部

 

フィリピンで今後どのような展開をされる予定ですか?

 

直鳥さん

 

最終目標としては、フィリピンで全ての学校にQuipperを入れてもらって、フィリピンの学力向上に貢献したいと考えています。その第一ステップとして、全国共通テストあるいは学力試験を実現したいです。現在、NATと呼ばれるテストがあるのですが、1年に1回、しかも限られた学年のみで実施されています。これは手間や費用がかかるからです。Quipperだけではなく、他社と合わせて標準化されたもので良いので、1学期に1回、全ての学年で実施していきたいです。配布、採点、集計は一瞬で完了でき、手間はかかりません。フィリピン全土で学力を向上させるために必要な仕組みと考えています。
また、先生の数が生徒に対して少なく、地方にまで教育が行き届いていないのを改善したいですね。先生のレベルにもバラつきがあります。平均的に算数のレベルが低いです。その上、先生の数が足りないので、中学校や高校の先生でも複数の教科を掛け持ちで教えています。教材の数も不足しており、特に公立校では1人1部の教科書を渡せない状態です。教科書の必要なところをコピーして授業をしている場合もあります。
その他に、K-12のK(幼稚園)にもQuipperを広めたいですね。ほとんどの私立校は幼稚園が併設されています。私たちは幼稚園向けのコンテンツをまだ用意できていませんが、これから制作する予定です。教育テレビのようなコンテンツを作りたいですね。

 

 

編集部

 

Quipper導入の営業をする中で、フィリピンで学習環境が整っている学校はどこだと感じますか?

 

直鳥さん

 

やはりラサールやアテネオですね。ちなみにISやブリティッシュスクールなどのインターナショナルスクールは、ローカルの学校とカリキュラムが違うので、Quipperを提供したり営業に行ったりということはしていません。

 

 

編集部

 

心に残っている本は?

 

直鳥さん

 

ジェイムズ・ホーガンの『星を継ぐもの』シリーズは何度も読み返すくらい好きですね。他には頭を休めるために北方謙三の本を読みます。彼はここ10年以上、時代小説が多いですね。日本のSFでは、小川一水の『天冥の標』シリーズです。フィリピンに住まれている方にお勧めなのは『炎熱商人』ですね。少し古いですがフィリピンに来たばかりの頃に3回ほど読みました。

 

 

編集部

 

プライベートの時間はどのように過ごしていますか?

 

直鳥さん

 

走れる日は毎日走っています。走らない日は1日調子が良くないですね。平日の朝に1時間くらい走り、1週間では70キロくらい走ります。2月にスカイウェイのフルマラソンに出場しました。ゴタゴタがあり、実際はスカイウェイでないところを走りましたよ。(笑)

 

 

編集部

 

直鳥さんご自身の今後の展望や夢は?

 

直鳥さん

 

フィリピンでランニングクラブを作ることです(笑)。ランニング仲間が欲しいですね。仕事面ではフィリピンの事業をしっかり黒字化したいです。
個人的な夢としては宇宙に行ってみたいです。近い将来、お金を払えば宇宙に行けるようになると思います。宇宙旅行をして、地球を外から見たり、無重力を体感したりしてみたいですね。

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