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第六十三回ビジネス烈伝 / サンミゲルブリュワリー 内山建二さん

嗜好の多様化を見据え、アルコール市場を開拓する

サンミゲルブリュワリー
取締役副社長
内山 建二さん

1964年新潟県生まれ。兵庫や名古屋勤務を経て1995年から8年間、本社のマーケティング本部に配属。2004年に宮崎支社長に就任。その後再び本社に戻り企画部長として経営戦略などを担当。2017年に執行役員、2018年4月から現職。

好きな本
35代米大統領ジョン・F・ケネディの「勇気ある人々」です。1900年代に活躍した8人のアメリカの政治家の物語で、ピューリッツァー賞も受賞しました。本当に変革が必要な時に、聞こえの良い言葉を並べるだけではいけません。どれだけ自分の信念を貫けるかと自問自答させられる作品です。

 

2018年、キリンホールディングスが出資するフィリピンビール大手のサンミゲル・ブリュワリー副社長に就任した内山さん。日本国内で本社と現場の双方を経験して得たバランス感覚が持ち味だ。拡大するフィリピンのビール市場を分析し、経済成長にともなうアルコール嗜好の多様化にむけ先手を打つ。主力商品「一番搾り」の刷新は今後を占う試金石となる。

 

 

編集部

 

大学でのご経験を教えてください。

 

内山さん

 

慶應義塾大学に進学しました。当時は「リベラルアーツ」という言葉が少し話題になり始めたころで、社会科学や人文科学の諸要素を横断的に勉強する分野を専攻しました。特に、イノベーションの発生や普及に関心があり、マーケティングやコミュニケーション論について学びました。

 

 

編集部

 

就職活動はどのように進められたのですか?

 

内山さん

 

就職活動を控えた1986年前後は、いよいよバブルが始まる勢いがありました。ファミコンやスーパーマリオ、カメラの写ルンですなど、世の中に新しいブランドやサービスが次々と誕生。企業はコーポレートアイデンティティといって「企業の顔」を意識しはじめた頃です。ブランド経営に興味をもち研究を進めていくうちに、自然とビール業界に惹かれました。市場は成熟しかけていましたが、世の中の動きを映しだす商品だと感じましたね。金融業界なども社会に対して強い影響力を持っていますが、消費者に直に訴えかけ、購買行動を引き起こすメカニズムに興味がありました。実は父が中小企業の経営者でしたので家を継ぐという選択肢もありましたが、キリンの選考が無事に通り入社を決めました。

 

 

編集部

 

入社後のキャリアを教えてください。

 

内山さん

 

最初の2年間は兵庫県尼崎市の工場に勤務しました。労務課で人事労務を担当。約150人の臨時従業員や季節契約社員の雇用調節がメインの仕事。アサヒのスーパードライが発売された頃で、弊社は生産調整に追い込まれる局面もあり、なかなか苦労が多かったですね。

 

 

編集部

 

内山さんも営業はご経験されたのですか?

 

内山さん

 

工場勤務の後に名古屋で約6年間営業を担当しました。関西でも感じたことですが、新参者がすぐに結果を残すことは難しいことです。相手の懐に飛び込んで、こいつは使えるヤツだなぁと思われることが大切。お得意先を訪問して「キリンビールお願いします」と声をかけて終わってしまいがちですが、相手にとっては、どうやって自分たちの商売を盛り立てていくかが最優先で、どのビールを押すかは二の次です。相手の立場になって課題を一緒に解決していくことで仲間として認めてもらい、応援いただくことが大事だと学ばせてもらいました。役に立つ営業になるために、いつも街や人を眺めながら自分で情報をとって歩いていましたね。

 

 

編集部

 

営業では苦労されることも多かったのではないでしょうか?

 

内山さん

 

たしかに難しいこともありましたが、学生時代のアルバイトでの経験や、営業として担当していたお得意先から教えてもらったことが非常に役立ちました。学生の時に訪問販売で全国2位の成績をあげたことがありますが、地図を片手に、どうやって開拓していこうか、どうやって人脈を創っていこうか、ってことを何時も考えていましたね。父の姿をみて学んだことでもありますが、自分で仮説建てをして、素早く実行していく、そんな中小企業の感覚、現場感はとても大事だと思っています。

 

 

編集部

 

名古屋の後はどちらにいかれたのでしょうか?

 

内山さん

 

1995年から8年間、本社のマーケティング本部で全社のマーケティング戦略に携わりました。当時は酒類販売に関する規制が大きく緩和されていくタイミングでしたので、どのように営業スタイルを変えていくかを考えていましたね。その後は久々に営業の現場ということで宮崎に赴任しました。

 

 

編集部

 

2003年から宮崎にいかれたのですね。

 

内山さん

 

営業部長を1年、支社長として3年と計4年間宮崎で働きました。九州の地は初めてでしたが、一言でいうと最高でしたね。気候風土や人柄も良く食事もおいしい。少し経った頃には東国原さんが県知事になり、宮崎の活性化のための取り組みが始まりました。宮崎は日本の「食糧基地」と言われる位、農業や水産業が盛んでしたが高齢化や人口流出が激しく、県としてもがいている時でしたね。

 

 

編集部

 

宮崎が注目を集めた時期に現地にいらっしゃったのですね。

 

内山さん

 

前任の支社長の資産を受け継き、開花させたイメージです。実は弊社にとって宮崎は因縁の地。というのも1番最初にアサヒにシェアNo.1の座を奪われた県なのですが、赴任してから約2年後、見事逆転させることができました。小さなことですが、私にとって大事な成功体験です。

 

 

編集部

 

その秘訣はどこにあったのでしょうか?

 

内山さん

 

「地元を応援するビール」という評判作りに注力しました。当時は「ビールはアサヒ」という指名が強かったのですが、私が目をつけたのは農業や水産業の生産者団体です。宮崎では大変多くの方々が一次産業に携わっていて関心も高い。そこで地域の産物をキリンが応援するという流れを作ろうと考えました。ゴーヤや宮崎牛、マンゴ-などの生産者が登場するテレビ番組を企画。作り手の想いや苦労などを毎週紹介していきながら、最後にはキリンビールで乾杯してもらいました。東京や福岡で頑張っている宮崎出身のレストランのオーナーに地元への想いを語ってもらったこともあります。テーマである「宮崎の元気とうまいにカンパイ!」というテーマが浸透していくことで、キリンビールの評判も次第にあがっていきましたね。

 

 

編集部

 

宮崎の農業や水産業に注目されたのですね。

 

内山さん

 

観光客が多く訪れている点にも着目しました。プロスポーツのキャンプ地として有名ですが、年間を通じて温暖な気候ですからゴルフやサーフィンなども盛んです。そこで観光業を応援することで、高齢化や人口減に直面している宮崎を盛り上げていこう!という機運を盛り上げました。2005年には台風14号の影響で甚大な被害がでましたが、この時、高千穂鉄道という観光のメッカだったローカル線が廃線の危機に陥りました。そこで当時ロータリークラブで一緒だったJTBさんやANAさんに声をかけ「頑張ろう高千穂プロジェクト」を打ち出しました。弊社は高千穂を応援するデザイン缶を製造し、売上に応じて寄付を行いました。デザイン缶をつくったり、県の名産品を当社の販促活動に生かせないかと工夫することで県民の皆さんの気持ちに少しずつ入っていけましたし、逆に応援も沢山いただきました。ビール会社は地域密着が非常に重要です。仲間に加えてもらうことで、見えていなかったものが見えてきます。そこで商売のネットワーク作りを学ばせてもらう。それが次の成長のエンジンにつながっていくのです。

 

 

編集部

 

宮崎のあとは再度本社に戻られたと伺っています。

 

内山さん

 

福岡で九州の量販営業の全体統括を2年間経験した後、首都圏の量販店のマーチャンダイジング部隊のトップを1年半ほど勤めました。250人ほどメンバーを預かって、スーパーの店頭で販促活動を展開していました。契約社員のなかには大手企業の出身者や元バーテンダ-・元大工さんなど、様々な経歴の方がいましたので、チームビルディングを意識していましたね。人材の多様性や可能性についても学びました。

 

 

編集部

 

人材の多様性は今話題になっていますね。

 

内山さん

 

正しいモチベーションやビジョンの共有が大切で、学歴は全く関係ないことをリアルに体感しました。その後は再び本社に戻り、セールスプロモーション室長を2年勤めました。商品の発売や販促活動など、会社全体の販売プランをつくるチームの責任者という立場でした。現場と本社の両方を経験していた強みをいかせたと思います。そして2014年には企画部長になって、キリンビールの全社経営戦略に携わりました。特にマーケティングや営業部門の強化に力を入れることになりました。

 

 

編集部

 

どのような部分を変えていかれたのですか?

 

内山さん

 

営業の仕組みを変えるなど、現場主導の改革に励みました。2017年には全国の支店を毎週まわり、現場の優秀な社員を集めて合宿形式のミーティング三昧。最前線の情報をもとに、変革のポイントを探りました。若手社員から改革の提案を社長にプレゼンテーションしてもらって、その場でやるやらないかを即座に判断するような仕掛け作りもしました。営業の情報武装化が遅れている、販促ツールが使いにくい、本社からの情報開示が遅いなど、大事な課題が多く見つかりました。

 

 

編集部

 

そして2018年にマニラにいらっしゃったのですね。

 

内山さん

 

マニラに最初に訪れた時は、想像以上に活気や活力がある国だと思いました。空港に降り立った後に目にした高層ビル群には本当に驚きましたね。多くの日本人が抱いているフィリピンのイメージとは全く違います。 一方で、はっきりとした社会階層や経済格差についても考えさせられますね。

 

 

編集部

 

キリンの足元の海外進出はいかがでしょうか?

 

内山さん

 

ビールや飲料事業では、中国、台湾、シンガポール、ミャンマー、ベトナムなどアジア地域を中心に進出しているほか、オセアニアのビール大手ライオンを子会社化しています。2009年にはフィリピンのサンミゲルビールに出資して、48%強の株式を取得しました。

 

 

編集部

 

御社にとってフィリピン事業はどのような位置付けでしょうか?

 

内山さん

 

日本国内は成熟化が進み、少子高齢化で市場が縮小することがわかっています。そこで海外に成長のドライバーを求めました。アジアの中でもASEANはこの先10年、20年の成長が見えていて、サンミゲルはこの地域で断トツに強い。出資に応じたリターンを安定して得られるという期待がありました。フィリピンでは、これから本格的な人口ボーナス期になっていきますし、現在の一人あたりのGDPは3千ドル程度ですが、この水準を超えると生活必需品以外の需要が一気に増えていくので、一層の消費拡大を期待しています。

 

 

編集部

 

振り返ってみて、フィリピンへの投資をどのように評価されますか?

 

内山さん

 

良い投資でした。サンミゲルは5つの醸造所と1つの瓶詰工場を所有していますが、今後数年間で需要がさらに拡大していく見通しなので、工場の増設を検討中です。そこでキリンがもつ技術ノウハウを提案できます。生産効率を高めて利益をどれだけあげられるがポイントです。今フィリピンはまさに「ビールビールビール」という状態。ボリュームベースでみるとビールがアルコール飲料の8割、金額ベースでも7割を占めています。しかし、これからは経済成長とともに嗜好も多様化していきます。日本の缶酎ハイやカクテル飲料のような領域や容量の種類が豊富な缶などのニーズが出てくるはず。若い人はビールだけでなく果汁系の甘い飲料を好む傾向もあるので、まだまだチャンスを感じますね。SNSでのマーケティングも活用していけたらと思います。

 

 

編集部

 

フィリピンではビールが特に人気なのですね。

 

内山さん

 

確かに人気ですが、1人あたりの消費量でみるとまだまだポテンシャルがあります。日本とフィリピンは人口1億人でほぼ同じですが、日本人のビールの年間消費量は44ℓですが、フィリピンは17ℓです。今後所得が増えれば、消費量もより増えてくるはずです。販売経路別にみると、サリサリストアが全体の約6割を占めています。現状ではまとめ買いの余力はありませんが、経済が発展とともに家庭への冷蔵庫の普及が期待できる。冷蔵庫があると「まとめ買い」が増えますし、価格プロモーションや品揃えを強化した大手のスーパーやコンビニエンスストアもさらに増え、消費拡大をけん引してくれるはずです。

 

 

編集部

 

今後は「一番搾り」の販促を再構築すると伺いました。

 

内山さん

 

「一番搾り」のグローバルマーケティングの担当者とともに、まさにこれから本腰を入れていく段階です。フィリピンでは経済成長が加速していますし、飲料市場を取り巻く環境も変化しています。プレミアム商品や海外ブランド、クラフトタイプも徐々に増えていくでしょう。ここでキリンが手を打たなくてどうするのかと。弊社もサンミゲルのパートナーとしてふさわしい存在感やポジションを市場のなかでしっかりと獲得していきたい。中期的には日本のブランドのなかで、ナンバーワンのビールにしたいですね。

 

 

編集部

 

なぜ「一番搾り」だったのでしょうか?

 

内山さん

 

日本でも「一番搾り」一押しの商品ですし、キリンのフラグシップといっても過言ではありません。国内では昨年の夏に味やパッケージなどを抜本的に刷新しました。リニューアルして1年が経ちましたが、メインの缶では前年同期比で15%以上の伸びをキープできています。

 

 

編集部

 

今後、フィリピンでは「一番搾り」をどのように強化していくのでしょうか?

 

内山さん

 

今は「一番搾り」を飲みたいというお客様に商品を届けきれていないという課題があるので、まずはお取り扱いいただけるお店を増やし、手にとっていただける、飲んでいただける環境をしっかりと整えていきます。経済的に豊かなフィリピンの方々は日本を何度も訪れ、豊かな食文化も楽しんでいただいているので、彼らにも、日本の料理にばっちりあうのは「一番搾り」と評価頂きたいですね。生ビールの導入も視野に入れて検討していきます。最近ではお取引のある日本の飲食企業の方々から「フィリピンに進出したい」という声も多く聞くようになりました。この国の食生活を豊かにするために、一緒に盛り上げていけたらと思います。

 

 

編集部

 

今後御社はどのようなことに注力されるのでしょうか?

 

内山さん

 

優先課題としては、市場の需要増にしっかりと対応できる生産体制を整えることです。サンミゲルのフィリピンにおけるシェアは9割以上を確保できていますが、今後市場は急拡大します。今は安価で高アルコールということでレッドホースの人気が高く、サンミゲル全体の売上げの6割を占めています。今後は市場の成熟化も進むでしょうから、高級層向けの商品もしっかりと強化していきたいですね。

 

 

編集部

 

休日の過ごし方を教えてください。

 

内山さん

 

日本では温泉や歴史的な建築物を巡るのが好きでしたが、マニラではゴルフかプールサイドで読書したりしています。自分で下手な料理をつくるのも楽しみですね。

 

 

編集部

 

今後の夢や展望を教えてください。

 

内山さん

 

これだけ国として活気がある状態は日本ではなかなか経験できません。自分がここにいる意味をしっかりと考え、この国の発展に資することができたらと思います。趣味では飛行機が大好きなので、パイロットのライセンスを取得してみたいです。

 

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