「あったらいいな」をフィリピンにも広めていく
KOBAYASHI PHARMACEUTICAL (SINGAPORE) PTE. LTD. MANILA BRANCH Branch Manager
鳥原 宏之さん
1976年、長野県安曇野市生まれ。2000年に小林製薬に入社。最初の4年は名古屋で国内営業。次に本社のマーケティング部で9年。広告製作、ブランド管理を中心としたブランドマネージャーに加えて、製品開発も担当。その後本社の国際事業部に異動して3年。そこでは広告の作成や新製品の導入など、東南アジアのマーケティングサポートを担当。そして2015年4月、フィリピン支店の支店長としてマニラに赴任。
〈好きな言葉〉
2つあります。1つは「Something New, Something Different」。実はこれは小林製薬の行動規範の一つなんです。入社した時から行動規範は毎朝唱和していました。今自分が置かれている環境で言えば、フィリピンには多くの日系企業や競合他社がいるので、その中で他と同じことをしても成功しません。何か違う、何か新しいことを見つけて、追い求めることが非常に大事だと思います。同じようなカテゴリーで同じような商品がたくさんあったとして、小林製薬の商品は何が違うのか、ということを伝えられなければ、製品を手に取ってもらえないですしね。
もう1つは「謙虚、感謝の気持ちを忘れない」。謙虚は口でいうのは簡単ですが、心構えにするまでは難しかったです。入社後、多くの先輩から「謙虚、感謝の気持ちを持ちなさい」と言われ続けていましたが、当時はなかなか理解できませんでした。年を重ねるうちにその意味を理解できるようになりましたね。年をとると人の意見を受け入れにくくなる、とよく言いますが、そうなってしまったら、「Something New, Something Different」は生まれません。謙虚な気持ちで色々なことを吸収していくと、結果的に「Something New, Something Different」が生まれます。フィリピンでも皆さんに謙虚、感謝の気持ちを持って接することで、たくさんのアドバイスをいただくことができました。その積み重ねで今があると思っています。
フィリピンでもベストセラーとなっているKOOLFEVER(熱さまシート)を販売している小林製薬。謙虚、感謝の気持ちを持って様々な意見を受け入れながら、フィリピンでの「あったらいいな」を見つけ出し、フィリピン人の生活を豊かにしたい。そんな想いを持つ、KOBAYASHI PHARMACEUTICAL (SINGAPORE) PTE. LTD. MANILA BRANCH の鳥原さんにお話しを伺いました。
編集部
小林製薬に入社されたきっかけは?
鳥原さん
大学時代は京都で一人暮らしをしていたのですが、ある日実家に帰ると、小林製薬の商品「髪の毛集めてポイ」を母親が使っていました。お風呂の排水口に貼り付けておくと髪の毛を集めてくれるので、排水口がつまらず、ポイと捨てるだけなのでとても清潔です。「なんだこの画期的な商品は!」と驚きました。一人暮らし先でも排水口の髪の毛づまりにはかなり苦労していたので、すぐに買いに行きましたね(笑)。それで小林製薬のことはずっと頭にありました。
就職先を考えていた時に、マーケティング・製品開発に関わる仕事がしたいと思い、頭に浮かんだのが小林製薬でした。当時は就職氷河期だったこともあって、なかなか内定をもらえませんでした。そんな中、小林製薬を含めて幾つかの企業から内定をいただき、小林製薬に入社しました。入社のきっかけが「髪の毛集めてポイ」という商品だったというのが面白いですよね。不思議な縁だなと思っています。
編集部
フィリピン国内で取り扱っている商品ラインナップを教えてください。
鳥原さん
まずは「KOOLFEVER(熱さまシート)」です。約10年前に販売を開始して以来、ベストセラーとなっており、私たちのビジネスの柱となる商品となっています。そして昨年から「SAWADAY(サワデー)」という芳香剤の販売を開始しています。Mercury Drugなどのドラッグストア、SMやRobinsonsなどのスーパーマーケットで販売させていただいています。「小林製薬が芳香剤?」なんて思われる方もいると思いますが、実は日本においてサワデーブランドは小林製薬の主力の一つ。約40年前から販売しているロングセラーブランドなんです。
東南アジアを中心に販売をしており、2014年後半からフィリピンでも販売を開始しました。今の所、順調に売り上げが伸びています。今後はもっと様々な商品を出していく予定で、他のカテゴリーにもチャレンジをしていきたいです。小林製薬のコーポレートスローガンである「あったらいいな」というニーズを見つけて、それに見合う商品を日本から持ってくる。時間はかかると思いますが、是非やっていきたいです。
編集部
それらの商品について、フィリピン国内シェアはどれくらいでしょうか?
鳥原さん
しっかりと統計を取っていないのですが、KOOLFEVER に関しては、多くの方々からご支持を頂いていると認識しています。弊社が行った簡易調査によると、フィリピンの方の約8割の方はKOOLFEVER という名前を知っているとお答えになります。サワデーはまだフィリピンでの販売を開始したばかりなので、マーケットシェアはかなり低いと思います。
フィリピンにおける芳香剤のニーズは高いと考えており、これからの売れ行きに期待しています。トイレなど、ニオイ環境も日本とは異なりますしね。
編集部
日本において、ユニークなネーミングを持つ商品が多いことで有名です。フィリピンではどのようなネーミングをつけているのでしょうか?
鳥原さん
本社のマーケティング部で働いている時に教えられたこととして、常々意識していたことは「見てすぐどんな物であるか、伝えられるネーミングにする」ということです。「髪の毛集めてポイ」「トイレ洗浄中」「お弁当の衛生対策シート」など、ダイレクトに商品の魅力を伝えるネーミングが多いですよね。お客様にとってもわかりやすいですし。それをベースにフィリピンで販売されている2つの商品を見ると、 KOOLFEVERは熱を下げてくれそうなことを連想させやすい、わかりやすいネーミングだと思います。
一方、サワデーは日本名と同じ。サワデーという商品をグローバルな商品にしていこうという意志の現れだと思っています。このように、ネーミングの付け方は二極化していると言えますね。一つは小林製薬らしい、分かりやすさを重視したネーミング、もう一つはグローバルなマーケットを意識したネーミングです。ゆくゆくはパッケージの中にタガログ語を入れてみるなど、もっとフィリピンの方々にわかりやすい商品にしていきたいです。
編集部
フィリピンは日本と異なる点(気候、習慣、文化など)があり、商品のニーズも違っていると思います。フィリピンにおいて、どのように販売していますか?
鳥原さん
日本人の方が「あったらいいな」と思うニーズと、フィリピン人の方が「あったらいいな」と思うニーズは、同じシチュエーションであったとしても、必ずしも一致しないこともあります。
一方で、現在販売している商品の中で考えると、日本とフィリピンとで同じようなニーズが存在する場合もあると思っています。
例えば、熱さまシートについて考えてみると、日本では昔、子供が風邪を引いて熱を出している時、お父さんお母さんは熱を少しでも下げて楽にしてあげたいと思い、氷まくらを使っていました。
ただ、夜中に氷を入れ替えてあげるのは大変でした。そこに改善したいポイントとニーズがあって、熱さまシートが誕生しました。これと似たニーズというのはフィリピンにもあります。フィリピン人の方は、風邪をひいた時になかなか薬を飲んだり病院に行きたがらなかったりするようです。行っても診察に時間がかかったり、高い薬を買わなければならなかったりするので、足が遠のいてしまうのだと思います。
医療保険制度が充実していないことも理由の一つではないでしょうか。
一方で、子供、あるいは自分自身の熱を少しでも下げたい、楽にしたいというニーズがあるので、KOOLFEVERがフィリピンの方にもご愛用頂けているのだと思います。風邪をひいた時に熱を楽にしたいというニーズはどの国にもあります。日本と同じ、または似たようなニーズがある場合は、小林製薬の製品は競合他社と何が違うのかを愚直に伝えることで、フィリピンのマーケットの中でも成功を収める可能性があるのではと考えています。
編集部
現在、世界中にいくつの拠点がありますか?
鳥原さん
日本を除いて、世界に12拠点あります。小林製薬フィリピン支店は12番目の拠点です。
編集部
世界各国に拠点を持つ中で、フィリピンはどのような位置付けでしょうか?
鳥原さん
世界の各拠点と比べても、可能性を秘めたマーケットだと思っています。ポイントになるのが人口です。現在フィリピンの人口は1億人に達して、将来的には1億2000万人になるというデータがあります。人口ピラミッドを見ても、30代までの方が約8割を占めていて、今後もっと人口が増えていくことは容易に予測できます。
同時に一般市民の所得が増えて生活水準が上がってくれば、より弊社の商品を手に取ってもらえるようになると思っています。ある程度生活が豊かになれば、生活に必要なものは大体手に入るようになります。より豊かな生活を求める人が増えていけば、「あったらいいな」と思うことも増えてくる。そうすれば小林製薬はもっともっと活躍できると考えています。小林製薬のポリシーである「あったらいいな」は逆に考えれば、「なくても良い」ということです。
「なくても良いけど、あったらいいな」と思っていただけるような、豊かな生活をサポートする商品を出していきたいですね。未来を見据えて、今はまず小林製薬という名前を知ってもらって、商品をたくさん発売し、今後訪れるであろう販売拡大のターニングポイントを待ちたいですね。
編集部
他の国々に比べ、フィリピンで事業を行う魅力やメリットは?
鳥原さん
マーケットの可能性が非常に大きいことは本当に魅力です。また、我々にとってはフィリピンで自社の製品をいかに広めていくかということが大事になります。
フィリピンではほとんどの方がスマートフォンを持っているので、スマートフォンに着目したマーケティングにも大きな可能性があると感じています。
またテレビに関しても、日本と同じくらい視聴率が高く、広告を打つコストも日本に比べれば比較的安いと思います。そういった意味でも、お客様に製品の魅力をお伝えする媒体が充実していると思います。facebookなどにおけるデジタル広告、あるいはテレビ媒体を活用していくことによって効果的に周知が図れるのではないかと考えています。
編集部
フィリピンで事業を行う上で、苦労している点は?そのような問題点を、どう解決していますか?
鳥原さん
一番苦労しているのは、何でも時間がかかることですね。他の日系企業さんも苦労されていると思います。何かを申請して承認や登録を得るのにも、本当に時間がかかるのでスケジュール管理が難しいですよね。就労ビザを取得するのも予想以上に時間がかかりました。
また、全般的にそうですが、仕事に対して日本人の持っている心構えと、フィリピン人が持っている心構えがだいぶ違うので、慣れるまでは苦労しました。裏を返せば、フィリピンで成功するためには、フィリピンの文化・習慣・仕事への心構えを理解した上で、日本式のやり方もしっかり盛り込んでいく、というプロセスが必要になると思います。日本のやり方を押し付けるだけでは良くないですし、フィリピンという国、また人の特性も理解していかなければいけないかなと。
編集部
フィリピン国内で今後どのような事業、サービスを展開していくかお聞かせください。
鳥原さん
弊社のコーポレートスローガン「あったらいいな」と思える製品をフィリピンに広めていきたいです。日本で販売している商品の中で、フィリピン人にとっての「あったらいいな」を探していく。そのためには、ニーズの深堀りをすることが大事だと考えています。
ただ、ニーズの調査をするにあたって、日本と同じように主にWEBを使って、というのは難しいと思っています。フィリピンは経済格差が大きいですし、所得が多い方とそうでない方とでは、自分の生活に対して求めるものも違うと思うので、WEBで得た調査結果がフィリピン人の総意を表すとは考えづらいですよね。
もちろんWEBも活用していきますが、実際に自分の目で見る、ということを大切にしたいです。そうでないと本質的なニーズというものは見えてこないと思います。
編集部
フィリピン人スタッフの優秀なところは?
鳥原さん
1つ目は、仕事であくせくしない所だと思います。私は、何事もきっちり順番を立ててやっていきたい人。ゴールがあって、そのために段取りを組んでという流れでやらないと落ち着かない。
でもフィリピン人は、何かを始めてもゴールが無かったりすることが多々あります。すごく楽観的にものを考えられる人たちだなと。せかせか動いてしまう自分を省みて、少し羨ましいなと思うこともあります。
また、2つ目は、日本人を嫌がらず、拙い英語でも理解してあげようという優しさは魅力だと思います。以前オーストラリアにいた際は、拙い英語だとそっぽを向かれてしまいましたが、フィリピン人はそうではない。すごく気持ち良くコミュニケーションが取れる、というのはありがたいなと思います。
編集部
海外で働く日本人に対して、思うことや感じることはありますか?
鳥原さん
周りの駐在員の知り合いと話していても、愚痴と苦労話で一杯。みなさん本当にご苦労されていると思います。リラックスして楽しく仕事しているという方がいれば、秘訣をお聞きしたいですね(笑)。
編集部
プライベートな時間はどのように過ごされていますか?
鳥原さん
フィリピンには家族で来ているので、休日は妻、娘と過ごしています。ずっと家族と一緒ですね。日曜日はコンドミニアムでのんびりしています。平日はなるべく早く帰るようにはしていますが、20時とかになってしまうので、ビールを飲んで終わり、という感じです(笑)。
それから、たまに日本人の駐在員の方と飲みにいったりします。あとはマッサージですね。安いですからね。今後は国内旅行をしていきたいですね。プライベートもしっかり充実させていきたいな、と常々思っています。
編集部
鳥原さんご自身の今後の展望や夢についてお聞かせください。
鳥原さん
2つの道があります。1つは、フィリピンでベースを築いた後、フィリピン以外の東南アジアの国々でチャレンジすること。所変われば人も品も変わりますし、同じアジアといえどもフィリピンとは全く異なる環境になると思いますが、新しい場所でもっと成長したいという気持ちは大きいです。
もう1つは、もう一度日本に戻って仕事をすること。海外にいると、営業やマーケティングの基礎となるための情報を得るのがすごく難しい。
一方で日本には、情報があふれています。今は情報に飢えて、喉がカラカラの状態。この感覚で日本に帰れば、日本はなんて恵まれているんだ、と思うに違いありません。日本に今戻ったら、当時とは全く違う価値観、ものさしで「Something New ,Something Different」を探求し実現できるのではないか、という気がしています。海外で仕事をするというのは、多くの人ができることではないので、今ある状況に感謝をしています。この経験は必ず今後に生かしていきたいですね。