今回は排出量を取引する「排出権取引制度」と「カーボンクレジット」をご紹介します。どちらも削減した温室効果ガス排出量に価値を付けた排出権を売買するしくみですが考え方が異なります。
排出権取引制度
排出権取引制度(Emissions Trading System, ETS)は、国や地域ごとに定めたルールに則り温室効果ガスの排出権を売買する制度です。排出権取引はキャップ&トレードと呼ばれる原則に基づいており、国、産業や企業に対しGHGの排出上限(キャップ)を設定し、企業間、二国間で余剰分の排出権を取引(トレード)します。(下図参照)現在は各国で国内取引が運用されていますが、国際取引(国と国の間の取引)も制度整備が進められています。国が設定した排出上限(排出枠、Allowanceと呼ぶ)を超えて温室効果ガスを排出した企業が、実排出量が排出上限を下回り余剰を持つ企業から排出権を購入し、自分たちの排出枠を引き上げます。国またはEUのような経済統合体が制度を設計・運用し、企業等がそれに準ずるかたちで運用されており、EUでは2005年より段階的に運用が開始されて以降ETSを導入する国は増加し、世界銀行のデータでは2023年4月現在で35の国と地域で導入されています。日本ではまだ導入されていませんが、2026年度の本格稼働を目指して制度整備が進められています。フィリピンでは2019年に産業を対象とした排出権取引制度を導入する法案が下院議会に提出されていましたがその後進捗はありません。2021年の報道では、フィリピン財務省がカーボンプライシングの導入を検討するために情報収集調査を行っているとの発言があり、導入時期は未定ですが、国内の排出権取引制度導入に向けて動いているようです。
排出権取引制度は国全体の排出量に上限を設定し、産業や企業に排出枠を割り振り、企業の排出上限を設定します。国全体の排出量上限を徐々に下げていけば産業や企業もそれに応じて排出量の削減をしなければならず、個々の企業の削減のための取組を促進することになり、結果として国全体の排出量削減につながります。
カーボンクレジット制度
カーボンクレジット制度は想定排出量(ベースライン)に対し、実際の排出量が下回った場合、その差分を認証してクレジットとして発行し取引する制度です。例えば、ボイラーなどの設備の省エネ化、太陽光発電設備導入、植林(削減プロジェクト)などを実施し排出量削減に取り組むとします。まず、導入前の温室効果ガス排出量(ベースライン)を算定し、削減プロジェクトの実施後、ベースラインと比較してどれくらい排出量が削減できたかを算定します。削減できた排出量は認証機関による認証を経てクレジットとして発行されます。排出権取引は企業活動に伴う排出量を算定し、排出量上限に対する差分をとりますが、カーボンクレジット制度はどれだけ削減できたかを算定するものであり、削減量が正しく定量化されているかを検証する必要があります。この削減量の定量化がカーボンクレジット制度の難しい点と言われており、それゆえ、カーボンクレジットの発行にはプロジェクトのモニタリング・レポート・検証といったプロセスが設定されています。 カーボンクレジット制度は単体で国全体や産業全体の排出量削減を目指すものではありません。省エネ設備導入、太陽光発電設備の導入、再生可能エネルギーの購入などの削減施策を各企業が取り組み、企業の主要排出量を削減してもなお残る排出量に対しカーボンクレジットでオフセットをするといった、他の施策との組み合わせで効果を発揮します。
カーボンクレジット取引は国内取引、国際取引の両方がすでに各国で実施されています。フィリピン国内のカーボンクレジット取引制度はまだ実施されていませんが、フィリピン政府は日本政府と二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism、JCM)を締結しており、フィリピン国内で実施されている温室効果ガス削減プロジェクトで生じた排出削減量からクレジットを発行し、日本国内で操業する企業の排出量オフセット(実排出量をカーボンクレジットで埋め合わせする)に利用されています。これまでにフィリピン国内で13件のJCMプロジェクトが実施されており、太陽光発電システムの導入、地熱やバイオガス発電プロジェクトといった再エネ事業が採択されています。
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