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ビジネス烈伝 ホンダフィリピン Honda Philippines Inc. President 荒井 清香 氏

フィリピンで二輪車製造50周年
トータルモビリティライフ充実に向け活動。

 

ホンダフィリピン Honda Philippines Inc.
President 荒井 清香 氏

 

 

 

本田技研工業(以下ホンダ)がフィリピンで二輪車の生産を始めて 今年で50年、現地法人のホンダフィリピンはフィリピンの二輪車市 場業界をリードする。今回はこの2023年4月に社長に就任した荒 井氏にフィリピンの二輪市場の動向、課題、そして同社の今後の取 組などについてお話を伺った。

 

 

編集部

 

フィリピンの二輪市場の現況は?

 

荒井氏

 

フィリピンの二輪市場は前職のアジア大洋州全域のマネージャーの時にも関わってきました。現在、同エリアは、国ごとに市場特性や成長のステージが異なっています。フィリピンはといえば、ポテンシャルがありながら、なかなか安定していない国でもあります。輸入に依存する中で為替の変動の影響は大きく、またベトナムやタイのようにサプライヤー様が充実しているとは言えません。それに加えてコロナ禍もありました。その中でも前社長は、ビジネス拡大に向けていろんな種を撒いてくれました。私が着任したのは、恵まれたタイミングだと思います。

 

 

編集部

 

ホンダフィリピンのこれまでの沿革は?

 

荒井氏

 

ホンダフィリピンは1964年にディストリビューター契約を締結し、完成車の販売を始めました。73年には現地法人としてマリワサホンダ(Mariswasa-Honda, Inc)を設立し二輪の生産を開始、今年でちょうど50周年を迎えました。当時は日本からの輸入と簡単な組立のみ行っていたのですが、1998年に株式のマジョリティーを取得し、2006年にパラニャーケからバタンガスに工場を移転、出荷台数は、昨年累計で約700万台に達しました。

車種としては、以前はカブ型(エンジンスクラッチ付き、出前用タイプ)とモーターサイクル型(トライシクルに使われている跨りタイプ)が主で、ホンダはフィリピン二輪市場の6割を超えるのシェアを持っていました。しかし、15年頃からパーソナルモビリティ市場の拡大でATスクーターが増加、当時、ホンダは少し劣勢になったのですが、新しいモデルを次々に投入しシェアを戻しています。

 

 

編集部

 

躍進の背景にある取組は?

 

荒井氏

 

ホンダは海外進出において、その地のお客様のニーズにあった商品を需要のある近くで生産することを大切にしています。フィリピンではトライシクルが使いやすいような工夫をしたり、安全性にも配慮しています。結果ホンダだと安心して乗れるとお客様に選んでいただき、徐々に台数を伸ばしたのだと考えています。

 

 

編集部

 

新社長としての取組、展望は?

 

荒井氏

 

私が一番意識しているのは、ホンダフィリピンはフィリピンの皆さんのための会社であるべきだという点です。マネジメントの責任を持つ立ち位置にいますが、ローカル社員の意見を聞き、議論し、方向性を決めて実行して行くような組織を作りたいと思っています。

そして、お客様に対しては、心をつかむ商品性の構築とアフターサービスなど、基本的なことを、まずしっかりやっていきます。


フィリピンではコロナ禍があけて、ATスクーターの需要はさらに高まりつつあります。
ホンダのATスクーターは1台が7、8万ペソから提供しています。購入者は中間層より少し下の定期収入のある労働者で、月額1000~2000ペソ、3年~6年のローンを組んで利用しており、耐久性に優れた壊れにくい製品の提供が必須です。この点は他日系他社さんも力を注いでいるところです。


最近の傾向として、高額所得者が余暇のためにラグジュアリーな大型モデルを求められる傾向が出てきており、ここにも注力していきたいと考えています。


そして安全性の重視です。モビリティを扱う会社としてお客様の命と安全を守るのは重要な使命です。商品販売の際にはディーラーを通じて、セイフティライディングの講習、車両のチェック、ヘルメット指導などを行っています。


ホンダフィリピンでは、バイクの安全センター(Honda Safety Driving Center)を開設しました。これは免許取得者や企業の依頼で安全運転講習を行ったり、ビッグバイクのトレーニングなど、申込ベースで講習を受け付けている場で、ホンダのバイクの利用者でなくても利用することができる当社独自の取組です。

また直近では、マニラ首都圏開発庁(MMDA)と連携して事故が起きた時の情報を収集し、類似の事故が起きないような危険予知ができるトレーニングプログラムを開発中です。ホンダは世界各国とセイフティライディングの交流で多くの情報を持っています。これらのノウハウを蓄積し、MMDAが開設したオートバイ運転アカデミーにも提供するとともに、随時アドバイスも行いながらフィリピンでの事故削減に貢献していく予定です。

また、フィリピン自動二輪開発計画参加社協会(MDPPA:ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ、参加)でも情報交換等を進め、政府への働きかけをおこなっていますが、今後、インド勢等も加入すると聞いていおり、広く英知を結集し業界の発展に寄与したいと考えています。

私たちはモビリティを販売するだけでなく、モビリティと一緒にあるお客様の生活を大切にし、それが安全に続いてほしいと願っています。フィリピンでもトータルモビリティライフ充実に向けた活動に力を注いで行きたいです。

 

 

編集部

 

環境、電動化に対する取組は?

 

荒井氏

 

カーボンニュートラルへのコミットメント、代替エネルギーへの取組などは粛々と進めていきます。弊社では工場の屋根にソーラーパネルを設置する予定です。

二輪の電動車については、フィリピンでは現在はわずかですが、今後じわじわと増えていくと予想されます。電動化は世界的なトレンドで、グローバル規模で取り組んでいくべき課題です。製品ラインナップの整備を含めて、将来の上市に向けて、私の在任中に何か形にするのが責務だと考えています。ご期待ください。

 

 

荒井氏

 

フィリピンのポテンシャルをどうみますか?

 

荒井氏

 

二輪マーケットで言えば、タイ、ベトナムは3名に1台二輪車を保有しているのに対して、フィリピンはまだ10名に1台の普及度合、それに加えてフィリピンの生産年齢人口も64%を超えており、ポテンシャルの高さを感じます。経済政策、為替の不安定さはあるものの、市場は長期的に見て緩やかに伸びていくと考えています。


この国の人は皆明るく元気ですね。カトリック信者が多くを占めているからかもしれませんがいろんなことに感謝してみんなで一緒に楽しくやって行こうというマインドを強く感じます。そして職場の女性比率が非常に高い、本当の意味で男女平等が進んでいる国なのだと思います。

 

 

編集部

 

日系大手の女性社長は珍しいですね。

 

荒井氏

 

そうですね、私を含めて現在は3名(他、Honda Cars Philippines・三宅氏、Epson Philippines・草間氏)と聞いています。着任当時、在フィリピン日本大使館で越川大使ご挨拶させていただいたのですが、「おーよくきたねえ、どんどんやってください」と(笑)。そして「協力するから」とおっしゃってくださいました。下田・JCCIPI会頭もフレンドリーにお話してくださって、いろんな方が温かく迎えてくださいました。本当にありがたいことだと思います。

ただ女性だろうが男性だろうが、社長としてすべきこと、必要な能力や考えるべきことは変わらないわけで、そこをたまたま女性の私がやっているだけだと思っています。一人のビジネスパーソンとして、いわゆるモビリティーメーカーで働いていますが、仕事としては男性であろうが女性であろうがなんら特別なことはないですね。ただ女子目線が得意だというのはあるかもしれませんね(笑)。子育て期間を経て、子供は親の思う通りには動かないですし、兄弟であってもまったく性格が異なる、その点が結果としてマネジメントに役立っている気がします。

 

 

編集部

 

そもそもどうして本田技研工業に就職されたのですか?

 

荒井氏

 

大学時代、交換留学でヨーロッパに行っておりました。当時ヨーロッパでもソニー製のウォークマンなどが人気で、製品を問わず、優れた日本の技術から生まれた製品を海外に届ける海外営業をしたいと考えました。そこで出逢ったのが本田技研工業です。内定した当時四輪も二輪も、免許をもっていなかったのですが(笑)。

最初に配属になったのは海外営業の南米・ブラジルの担当です。当時の部門では初めての女性の配属でした。ここでは部品設備の輸出にかかわりました。 ブラジルでは当時ホンダの二輪は8割のシェアを占めており、アマゾンのジャングル(マナウス)の中に工場を建設し生産をしていました。そのダイナミックさと、ホンダ製品を大事にするお客様を現場で見て、肌で感じて、この仕事はとても意義深い仕事であるという思いを強く持ちました。 5年半担当した後、約1年の出産・育児休暇をとりました。当時の流れとしては、仕事をやめるかバックヤード的な部署に異動するかといったケースが多かったのですが、私は仕事をしていないとダメになる、やるならやりがいのある仕事がしたい、だからやりがいのある仕事を任され続けるための努力をして求められる人材に成ろうと、勉強も始めました。

出産・育児休暇後は、北米2輪の生産、販売を担当。ちょうど2008年のリーマンショックの後の厳しい状況の中で、事業計画の変更が財務諸表にどのように影響を与えるかなど学びの多い時期でした。

その後第二子出産で半年の育休後はアジア大洋州のインドを担当しました。ちょうどトップシェアだった現地法人のジョイントベンチャーを解消し、ホンダ100%の現地法人が国内シェア1位を獲得するために力を入れて活動していた時期です。パートナーとのあるべき姿や販売店、営業マンとのかかわりや生産キャパシティ、そして工場を建設するためのプロセスや物流網の整備など、大変多くのことを学びました。そして2013年上海駐在として家族とともに上海に異動。2008年の上海オリンピック、2010年の上海万博を経て、日本企業ヘのバッシングも終息し、経済が上昇に転じていた時期です。上海では、商品企画担当としてリサーチ部隊と共に少数民族の暮らすエリアを訪れ、現地の方の家でご飯をご馳走になりながらバイクが生活の中でどうつかわれているのかを調査をしたり、あるいは都市部で一気に広がる電動車の世界を目の当たりにしたり、中国ビジネスのスピード感と多面性を肌で感じました。

2019年からはアジア大洋州全域のマネージャーとして日本で仕事をし、2023年4月フィリピンに社長として赴任しました。本社の課長職のあとは海外現法のダイレクターなどの番頭職として赴任することが多いので、正直社長という立ち位置で駐在とは全く思っていませんでした。「本当ですか?」驚いたのですが(笑)。

これまでのキャリアで海外営業として知っておくべき知識を仕事上で身に着けることができたことは会社とこれまでの上司本当に感謝していますし、この経験をフィリピンの地で活かし、フィリピンの皆さんとともに、フィリピンのトータルモビリティライフ作りに貢献していきたいと思います。

 

 

【プロフィール】
1999年上智大学外国語学部フランス語学科卒、同年本田技研工業入社、海外営業にてブラジル、北米、インド担当、上海駐在、アジア大洋州全域マネージャーなどを経て2023年4月から現職。

 

【座右の銘】
継続は力なり、です。出産の際に、仕事を続けるべきか迷いましたが、私は仕事をしていないとだめになると考えて細々とでも続けて行こうと決心しました。そしてやりがいのある仕事をするために、求められる人材になる、与えられた仕事には期待以上の成果を出す、その思いで少しずつ経験を積んできたことが今につながっているのだと思います。

 

【趣味】
スキーです。とはいえフィリピンではスキーはできませんので、スキューバーダイビングを始め、ライセンスを取得しました。またフィリピンに来て初めてゴルフも始めました。先日初めてグリーンに出ましたが、朝の空気は爽やかで皆さんがゴルフにはまるのはこういうことかと感じました。

 

Honda Philippines Inc.の情報はこちらから

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