グループで培ってきたテクノロジーを核に
フィリピンの課題解決に邁進。
日立アジアフィリピン支店
Hitachi Asia Ltd. - Philippine Branch
支店長 片桐 浩 氏
水資源の確保が大きな課題のフィリピン。全世界37万の社員を抱える日立グループは、フィリピンをはじめとするアジアを注力エリアと位置付け、日立グループが培ってきたテクノロジーを核とした事業展開を果敢に推進中だ。今回は2020年に日立アジア社のフィリピン支店長に就任した片桐氏に、フィリピンでのビジネスの現状を伺った。
編集部
フィリピンとのかかわりは?
片桐氏
2000年当時、製鉄事業を担当している際にミンダナオ島西部のイリガンの製鉄所を訪問しました。当時、マニラ空港と都市部を結ぶスカイウェイも当時はまだなく、マニラ空港に着いた時には雨がザーザー降っていて、道路は信じられない渋滞、その後向かったカガヤン・デ・オーロ空港では空港手荷物はすべて手で運び、コンベアの上にポコポコ落としている状態で「なんじゃこれは?」と(笑)。しかし、16年にメラルコの案件で再訪した時にはフィリピンは一変していました。スカイウェイも完備、街もきれいになって、宿泊したオルティガスのマルコポーロホテルも、メラルコの伝統的な本社ビルも立派で、イメージは一新しましたね。
編集部
現在推進中の事業を教えてください。
片桐氏
日立は現在、グリーン、デジタル、コネクティブインダストリーの3つの事業に注力しており、その中でフィリピンに提案できる製品・ソリューションを展開しています。
まずグリーンは、電力と鉄道分野の事業で、23年1月末に日立レールが受注した南北通勤線のCP04というパッケージを契約しました。また、スイスの重電大手ABBから買収した電力グリッド部門をベースとする日立エナジーが電源設備、蓄電池も含めたスマートグリッドソリューションを展開しています。
次にデジタル。フィリピン国内のセブンイレブンのATMは、グループ会社がPAPI(フィリピンセブン銀行)に納入、システムをマネージドサービスで提供しています。更に、パラワン・ペイというE-Wallet(現在会員数1400万人)のシステムプラットフォームとマネージドサービスも提供しております。
省エネでは、エネルギー消費の多い企業などは、省エネ目的のために電力使用状況を報告することが義務付けられています。そのためにはエネルギーの使用状況の見える化が不可欠で、レポートの自動生成機能も合わせたソリューションの提供をフィリピン企業とともに進めています。
また、車番認識を活用したスマートパーキングシステムがあります。現在のフィリピンのパーキングシステムは時として稼働率が悪く渋滞につながっています。そこで、シンガポールとマレーシアで使われている車番プレートの自動認証、スマホを活用した電子決済を行うことで駐車場の渋滞を解消するシステムをグループ企業とともに提案しているところです。
3つめのコネクティブインダストリーズ。フィリピンでは水です。フィリピンは排水規制が厳しくなり、特に窒素やリンの含有率が厳格になっていますが、その基準を満たすために下水処理設備の高度化が必要です。そこで提案したのが、日立が日本下水道事業団とともに開発した「ペガサス」(包括固定化窒素除去プロセス)と呼ばれる高度処理システムです。この技術を、フィリピンの上下水道事業会社・マイニラッド社(Maynilad Water Services, Inc.)がまずパサイの下水処理場高度化案件で採用してくれました。
さらに、マイニラッド社は、水源不足という課題を抱えており、日立が北九州と南アフリカで行った技術の紹介を行ったところ、強い興味をもってくれました。
どういうことかというと、北九州では海水を海水淡水化装置にかける前に下水処理水をまぜ、装置の負荷を軽減(省エネ)、そして、その排水は海水塩分濃度と同じとなり、環境にもやさしく、かつ、製造した水は発電所用の冷却水として再利用しました。さらにその処理水を一般水道水にまでに再処理したのが、水が不足している南アフリカで取組んだ事例でした。
マイラッド社では、パサイに日立の再生水技術を採用してもらいました。 また、フィリピンにおける日立の水ビジネス拡大のため、フィルインベスト社(Filinvest Development Corp.)とフィルインベスト-日立 オムニ ウォーターワークス社(Filinvest-Hitachi Omni Waterworks, Inc.)を設立して、フィリピンにおける水処理ビジネスの拡大を目指しております。この10月17日には、FDC‐WUI社(FDC Water Utilities, Inc.)から、アラバンの下水処理場における高度処理化と再生水プロジェクトを受注することができました。完成予定は26年3月です。
水は地域の発展に不可欠なのはいうまでもないですが、これまでフィリピンでは、開発を地方政府任せにしてきた経過がありましたが、最近ようやく中央政府がDENR(環境天然資源省)に水資源省の前身となる準備室が出来ることになったので、今後中央政府主導による全国レベルでの水源確保、下水処理設備の整備に期待できます。
今後はマニラのみならず水資源の不足するセブ、ミンダナオなどの地方でも貢献していく予定です。
編集部
フィリピンでのビジネスはどうですか?
片桐氏
フィリピンは日本と同じ島国ですが、ラテン的な明るさもあり、アメリカ文化も根付いています。そして会社の上層部も気軽に会って話を聞いてくれますね。先日フィルインベスト社の新社長にお会いした時も、「協業は加速して結果を出すことが大切、結果が出ない会話ばかりだったら意味ないねと」(笑)。大手企業のトップにいけば行くほど欧米的な合理性があり、その意味ではビジネスはやりやすいと感じます。ただ税務や様々な手続きの煩雑さへの対応が課題ですね。
また、現マルコス政権の「ビルド・ベター・モア」政策がわが社にとって追い風になっていると感じます。今後外資の規制緩和、税制の透明性が加速化して輸出入の手続きが容易になれば、現政権が目指す更なる「外国からの投資の誘致」が実現するのではないかと思います。国内の鉄道、道路などのロジスティックの整備も重要ですね。
日立グループは今世界に37万もの従業員がおり、そのうちの60%はノンジャパニーズとなりましたが、異文化融合も進めでグローバル・ワン日立として更に一丸となって活動を続けていく方針です。これまで日立グループが各国で培ってきた技術を基に、フィリピンの社会問題・課題を解決するために我々としてどんな貢献が出来るかを、あたかも自分事として捉えて、お客様と一緒に考えることでフィリピンの発展に寄与していきたいと考えます。
そしてもう一つ、フィリピンには今多くの日系企業が進出してきています。お互い利害関係があって競合する部分も多いとは思いますが、日系の企業がお互いに良いところを持ち寄り、日本連合としてフィリピン社会に貢献できたらと良いと思います。
編集部
個人的なことをお聞きします。これまでのご経歴を教えてください。
片桐氏
新潟県生まれで、父の転勤により高校2年生で茨城県波崎町に引っ越しました。茨城は東京と同じ都会だろうと期待して行ったのですが、電車の駅を降りるととカモメが飛び、人通りも少なくて(笑)。銚子は漁業の衰退時期でした。
大学は、東京外国語大学のイタリア語学科に進学し、在学中にKDDIの国際電話オペレータのアルバイトを始めたこともあって、5年で卒業(笑)。就職活動では1989年のバブル景気の中、新卒採用の超売り手市場でした。とにかく東京にいたいという思いから、日立製作所に応募しました。日立の国際営業が東京を本拠地にしていることが魅力で、「外大だから国際営業だろう」という根拠のない確信(笑)と、ウルトラマンを使った斬新なリクルート誌の広告、先輩社員の面白さに惹かれました。また当時、日立は大量採用をなっており、社員7万5千名、新卒1500名という安定感から「つぶれることはないだろう」と(笑)。
編集部
入社後のご経歴は?
片桐氏
入社後、国際事業本部に所属し、重電の製鉄プラント部隊での仕事に携わりました。最初は韓国向け船積業務から始まり、その後、インドネシア、トルコ、ブラジル、トルコ、ヨーロッパと担当し、時には外国ならではの市場の閉鎖性や競争の厳しさに苦しむものの、様々な国々で、様々なプロジェクトの営業に関与させていただきました。
初の駐在地はアメリカのタリータウンで、日立アメリカに所属し風力発電機やモーター、コンプレッサー、ポンプ、鉄道などの事業に携わりました。帰国後はスマートシティ営業部、その後電力分野の担当となりました。ここからフィリピンとの関わりが始まります。
2016年日立の蓄電池をメラルコに提供し、太陽光の電力変動による配電系統への影響を抑制するシステムです。さて、フィリピンの電力インフラの発展に貢献出来たる考えていた矢先、新たな辞令が下り、「次なる駐在地はインドです」と。インドでは価格競争の激しい状況の中、水の景観ビジネスでは、シンガポールグループ会社との連携でグルガオンの高級コンド向け噴水、プール、サウナの建設プロジェクトを受注、ようやく成功事例ができた!とよろこんでいるところへ「次はフィリピンです」と(笑)。そして今に至ります。
編集部
いままで世界各国で仕事を進めていらした中で、印象的な出来事をおしえてください。
片桐氏
入社2年めの頃です。当時、韓国を担当しており、某製鉄企業にて値増し交渉に臨みました。相手は設備投資部長で、契約に基づいて値増しを説明するも、「片桐さん、私たちが日本企業と仕事をしている理由は、契約内容だけでなく、私たちのことを考えて提案してくれるから。契約だけを言うのであれば、欧米企業と変わりません。」と言われました。結局値増しは実現しましたが、その言葉は今も印象深いものとなっています。 また、ブラジルでは某製鉄会社の設備投資責任者の方から、「ブラジル人は楽をしたいし、人生を楽しみたい。そのために日本人はもっと優れたものを作ってブラジルに貢献してくださいよ」と高笑いしながら応援メッセージをいただきました。
その方々からいただいたメッセージが、今も私の仕事のベースになっているように思います。
編集部
ご趣味は?
片桐氏
基本、家にいて引きこもりをするのが好きです(笑)。コンドミニアムに帰ってから好きなお酒を用意飲みながらネットフレックスで映画を一本観る、と言った感じです。
【プロフィール】
1989年東京外国語大学イタリア語学科卒、同年日立製作所入社。国際事業本部、三菱日立製鉄機械、日立アメリカ、日立インド出向を経て現職。これまでの担当エリアは韓国、ブラジル、トルコ、ヨーロッパなど広範囲に及ぶ。駐在は07年ニューヨーク、17年インド。
【座右の銘】
「神は細部に宿る(God is in the details.)」起源不明とされることばですが、私の解釈は、人生の本質は様々な場面にちりばめられており、些細なことに重要なことがあったりする。それを見逃すことなく、日々の活動に取り組んでいきたいと思っています。