毎日通える日本食店を目指し、“縁”を大切に
社内改革を進める若き経営者の挑戦!
一本槍/Ipponyari Japanese Restaurant
Mikuriya Foods Corporation
CEO 袋 旬 氏
いまやフィリピンにおける代表的な日本食レストランの一つに成長した「一本槍」を展開するミクリヤフーズコーポレーション。需要があるも供給がなかったルソン南部の工業地帯への出店で人気を博したのち、高級住宅地アラバンへ出店、さらに2025年内に三越BGCへの出店を発表して注目を集めている。競争激しいフィリピンのレストラン市場での成功の秘訣と今後のビジョンは?若き二代目社長の袋旬氏にお話を伺った。
編集部
一本槍の沿革を教えてください
袋氏
一本槍は、おかげ様で現在、日本人駐在員やフィリピン在住の日本人の方はもちろん、フィリピン人にも愛される日本食レストランとして営業しています。一本鎗の根底にあるのは、「毎日通える日本食を」というコンセプトです。単に日本食が食べられるというだけでなく、日々の食事の選択肢になるよう、幅広いメニューを提供しています。寿司や刺身、定食、ラーメン、丼もの、居酒屋メニューまでメニュー数は約300品目あります。
一本槍の歴史は、1996年にマカティ・セントラルスクエア近くの一角での開業に始まりました。当初は、マカティ在住の日本人の方がメインのお客様だったのですが、営業を続けるうちに、「実は日本人の多くがマニラ南部に勤務しているのでは?」という新たな市場が見えてきました。当時、ラグナやバタンガスなどの工業地域では日本食の需要があるものの、十分な供給がなかったのです。
そこで、一本槍は98年にマニラ南部初の店舗としてサンタロサ店をオープン。99年にはカビテ店、02にはFPIP店、04年にロザリオ店(現在はともに閉店済)、11年にリマ店と、工業地帯を中心に展開を進めました。一方マカティ店は03年に撤退しました。背景には、契約関係のトラブルや、スカイウェイ建設による環境の変化があり、先代は「このタイミングで南部へ完全にシフトしよう」と決断しました。結果的にはこの決断が正しかったのだと思います。
編集部
10年振りの出店となったアラバン店、そして三越BGCへの出店の経緯は?
袋氏
アラバン店を開業した22年は、コロナ禍を経て、ようやく経済が回復基調にあり、一本槍でもお客様が戻り始めた頃です。たまたまサンタロサ店にアラバン・ウェストパレードのGMをご招待した際に、出店のオファーをいただきました。
アラバン・ウェストパレードは、アラバンの中心地からは少し離れていますが、車のアクセスは良好で、富裕層が多く住むエリア。ラスピニャスやカビテ方面からの集客も見込める場所です。ただ、それまで一本槍のお客様はほぼ日本人でしたが、アラバン店はフィリピンの比較的裕福層がターゲットとなり、まったく異なるマーケットでの展開になるのですが、試験的に挑戦してみることにしました。そして結果として、特に、お客様は9割がフィリピン人の方で占め、これまでの店舗とは大きく異なる展開となりました。そして一本槍がモールに入ったことで、他のお店への集客も進んだと聞いたのはうれしいことでした。アラバン店は一本槍にとって新たな可能性を切り開いてくれました。
一本槍は25年、三越BGCに新店舗のオープンを予定しています。子どものつながりで三越のGMの方と知り合いオファーをいただいたのがきっかけです。慎重に検討したのですが、450㎡という十分なスペースを確保できたこと、日本人駐在員や富裕層のフィリピン人が集まるエリアであることを考え、最終的に出店を決断しました。BGCは、一本槍がこれまで展開してきた工業地帯とは全く異なる市場です。しかし、その分、新しいチャレンジができると考えています。
編集部
家業を継がれた動機と取組みは?
袋氏
一本槍の創業者である父は、元々日本で塾を経営していましたが仕事を辞め、フィリピンへ移住しました。当時のフィリピンには日本食レストランがほとんどなく、「自分で作るしかない」と一本槍を開業したそうです。飲食業の経験はなく素人としてのスタートで、創業したての頃は、メニューが10品以下、右も左もわからずの開業となったと聞いています。また、対人関係や関係各所、従業員や家主とのトラブルも絶えず、苦労を続けているのを私は間近で見てきました。
ですから、大学を卒業後、私は迷うことなく家業に入りました。私には3人の兄弟がいますが、長男として両親の苦労を間近で見てきたので、外で修業するよりも一本槍を支えることが最優先だと感じたのです。 一本槍の経営は、一見良好に見えていました。しかし、売上は伸びていても、資金繰りは常に厳しく、利益がほとんど残らない状況が続いていました。特に4、5店舗を抱えていた時期は、まさに自転車操業。両親が手探りで経営を続けていたので、仕入れやコスト管理もどんぶり勘定だったのです。
まず手がけたのは法人化、仕組化、制度整備など、これから事業を継続・拡大していくうえで必要な体制づくりを進めることでした。同時に、味のクオリティーや店舗オペレーションの維持、お客様との対話など現場での改善活動の両立を進めてきました。
人材管理の面でも改善を行いました。「公平性」、「責任と権限」、「成果に見合った報酬と表彰」、「感謝と承認」、「スタッフ自身と家族の繁栄」を制度整備の重要点にあげており、これらを担保することがローカルスタッフに働いて頂くうえで非常に重要だと感じます。
一本槍では、学歴や経歴に関係なく、意欲のある人にはチャンスを与えることを大切にしています。現在のエリアマネージャーは元ボーイ、リーダーの中には、ハイスクールを終えられなかったにもかかわらず、努力と継続で、他の大卒のスタッフ達をも牽引する存在となった者たちも少なくありません。リーダー層のスタッフ達が、努力と継続の結果、成長ししていくのを見るのはとてもうれしいことです。
またフィリピン人にとって「ファミリーファースト」の価値観は非常に重要です。仕事の責任を果たすのは当然ですが、『家族のために働いている』という意識が強い。その価値観を尊重しながら、仕事とのバランスを取っていくことも大切にしています。Q:今後の出店計画を教えてください 袋氏 直近3年間は内部の地盤を固めつつ、一本槍を必要とし、かつ我々がWin-winの関係を築ける地域や家主様とご縁を頂ければ、出店を検討していくスタンスで進めていきます。着実に会社・人・食材を揃えた上で、毎日通える日本食店として展開したいと考えています。
(完全版はUP次第SNSでご報告します!)
【プロフィール】
日本生まれ、マニラ日本人学校、ローカル高校、2013年アテネオ・デ・マニラ大学(Ateneo de Manila University)卒業。同年、家業である一本槍(Mikuriya Foods Corporation)に参画、店舗オペレーション、仕入れ、人事、財務など兼任。23年より同社代表職に就任、現在アジア経営大学院修士課程在籍中。
【座右の銘】
「Be a channel of blessing.」 です。直訳では「祝福をもたらす存在であれ」という意味で、 自分の行動や言葉が、誰かのためになるように 、との思いを込めています。「一本槍があってよかった」「あなたがいて助かった」と思ってもらえる存在になることが、自分や会社の存在意義だと考えています。それが結果としてビジネスの成長にもつながり、従業員やお客様など関わるすべての人たちとの良いご縁を築き、大きな原動力になると感じています。