国同士の異なる法制度を越えて
日本とフィリピンを結ぶリーガルパートナー

桃尾・松尾・難波法律事務所 弁護士
Quasha Law ジャパンデスク
上村 真一郎 氏
1989年の設立以来、桃尾・松尾・難波法律事務所は、高い専門性を備えた法律家集団として着実に発展、2015年には日本の法律事務所として先駆けてフィリピンの法律事務所 Quasha Law と提携することで、クロスボーダー案件や日系企業の進出支援において強固な体制を築いている。日本企業にとって数多くの課題が存在するフィリピンにおけるビジネス上の留意点などを上村真一郎氏に伺った。
編集部
桃尾・松尾・難波法律事務所の特徴は?
上村氏
桃尾・松尾・難波法律事務所は、1989年の設立以来、中規模ながら専門性の高い法律家集団として発展してきました。設立当初7名ほどだった弁護士は、現在では約60名規模へと成長しています。
当事務所は商取引、M&A、独占禁止法、知的財産、労働法、訴訟・仲裁など幅広い分野で実績を重ねており、また国際的な法律ネットワークである INTERLAW に加盟する唯一の日本の法律事務所として、各国の独立系事務所と連携しクロスボーダー案件にも対応しています。
編集部
フィリピンでの活動状況は?
上村氏
私どもは、2015年に日本の法律事務所としては他に先駆けてフィリピンの法律事務所との提携を開始しました。
ご存じの通り日本の弁護士はフィリピン国内で弁護士活動を行うことは認められておりません。そのため、現地で案件を遂行するには、信頼できるパートナーとの連携が不可欠で、我々が提携したのがQuasha Ancheta Peña & Nolasco(現Quasha Law) です。50年に設立された同事務所は、フィリピンで最も長い歴史を誇る法律事務所の一つであり、すでに75年の実績を積み重ねています。不動産、相続・信託・家族法、商法、銀行法、知的財産、訴訟、税務、労働、海事、鉱業など幅広い分野を手がける総合法律事務所であり、その総合力と信頼性は群を抜いています。さらに国際的な法律ネットワーク INTERLAW のフィリピン代表メンバーでもあり、当事務所と強固な協力関係を築いてきました。
私の役割は、日本企業からのご相談を整理し、日本法とフィリピン法の違いをわかりやすくご説明したうえで、現地での法的対応が必要な部分を Quasha Law に、正確に引き継ぐことです。私は案件の「入口」や「品質管理」を担い、Quasha Law が「現地での実務執行」を担当する、この明確な役割分担により、日本企業にとっても安心して案件を進められる体制を確立しています。
編集部
日本とフィリピンの法律制度の違いと注意点を案件とともに教えてください。
上村氏
まず、フィリピンで法的支援を行う際には、日本に比べてすべてにおいて非常に時間がかかるという点に注意する必要があります。役所の手続自体に時間がかかりますし、新たに法律が制定されたとしても施行規則が整わず、実際に運用されるまでに長い時間を要することも少なくありません。ですから日本企業が「年度末までに事業開始」といったスケジュールを立てても、現地では制度や実務の遅延によって計画が頓挫するケースがこれまで多く見られました。
具体的な案件でご紹介しましょう。
まずM&Aの場面で感じたのは、財務情報の不透明さです。私が関与したある案件では、現地企業の財務諸表に明らかな不備があり、正確なリスク評価ができませんでした。最終的に買収は断念せざるを得ず、日本では考えにくい「財務の不確実性」が、フィリピンでは実際にビジネスリスクとして顕在化するのだと痛感しました。
また、ライセンス譲渡に関しても、制度的な制約や実務的な障害が重なり、予定通りのスキームが成立しなかった事例があります。一見単純に見える手続きでも、フィリピンでは複雑な事情が絡み合い、スムーズに進まないことが多々あるのです。
株式譲渡においても同様です。『譲渡許可証』の取得には多間と労力を要し、準備不足のまま進めれば違法リスクすら生じかねません。日本の感覚では想定しづらい事務的な煩雑さが、実務全体を大きく左右しています。
労務分野も例外ではありません。特に「解雇」の難しさは、日本企業にとって大きな盲点になりがちです。フィリピンでは、試用期間を過ぎた従業員の解雇が非常に難しく、手続きに不備があれば不当解雇とされ、訴訟リスクに直結します。したがって、採用時点から将来の出口を見据えた契約設計が重要です。
労使関係については、労働組合の存在が大きな課題です。理想を言えば「労組を作らない」ことが望ましいのですが、もし設立された場合には、こまめにコミュニケーションをとり、フレンドリーな関係を維持することが重要で対立関係に陥らず、協調的な姿勢を貫くことが、円滑な事業運営に不可欠です。
相続案件では、被相続人に現地で子どもがいる可能性が判明したものの、所在が確認できず、利害関係者の特定が困難となり、手続きが頓挫したこともありました。法文上の問題というより、関係者の実地調査や調整の難しさに直面したケースです。
こうした経験を通じて強く感じるのは、フィリピンにおいて日本と同じ感覚で制度や手続きを進めようとするのは極めて危険だということです。現地特有の制度的遅延や実務の複雑さを前提とした、慎重かつ長期的な視点での対応が不可欠です。
編集部
近年の法制度・ビジネス環境の変化は?
上村氏
近年、少しずつですが改善が見られてきました。行政手続きのスピードが向上し、電子申請の導入などデジタル化も進んでいます。ただし必ずしも効率化に直結してはいませんが全体としては、制度そのものの整備が着実に進展していると感じています。
今後、フィリピンにおける法務支援のニーズはますます拡大していくと考えています。日系企業にとって最大の課題の一つは、「信頼して相談できる窓口が見つからない」点です。現地の法律事務所に直接依頼するとなれば、言語や文化の違いから意思疎通に困難が生じたり、依頼者の意図が正確に伝わらない可能性もあります。そこで、日本の法律事務所が果たすべき役割は、単に法令を解釈する存在にとどまらず、品質管理を担い、双方の言葉や制度の違いを丁寧に調整する「通訳者」であり「橋渡し役」であることだと考えます。
今後、私たちもより法律の分野から皆さまを支え、安心してフィリピンで挑戦できる環境を整えていく所存です。こうした役割を果たせることこそ、日本の法律事務所がフィリピンで存在感を発揮できるのだと確信しています。ぜひ皆さんと共に歩み、フィリピン、そして日本の未来を一層明るいものにして行きたいと思います。
【プロフィール】
神奈川県横浜市出身。1995年に東京大学法学部卒業、三井物産株式会社入社。約1年間の勤務中に司法試験合格、98年弁護士登録(第一東京弁護士会)、桃尾・松尾・難波法律事務所所属。2002年米国ニューヨーク大学ロースクール修了、03年ニューヨーク州弁護士資格を取得。桃尾・松尾・難波法律事務所に復帰後06年から同法律事務所パートナー。15年、フィリピンでの活動を開始。日系企業を中心に、労務、仲裁、知的財産、IТ関連など幅広い分野で法務支援を提供。
【趣味】
ゴルフ。最近フォークギターが指先を使い脳の活性化につながると聞き挑戦中。
【座右の銘】
「一日一善」。メジャーリーガーの大谷翔平選手が「落ちている物を拾うなど、小さないいことをすれば、いいことが巡ってくる」と語っていたのをきっかけに、毎日一つは良いことを実践しようと心掛けている。
WEB:
桃尾・松尾・難波法律事務所 https://www.mmn-law.gr.jp/en/index.html
Quasha Law https://www.quasha-interlaw.com/homepage/





























