進出100周年に向けたさらなる飛躍を
急速に発展するフィリピン市場とともに
ミツビシ・モーターズ・フィリピンズ・コーポレーション 社長
柴田 彦三郎さん
>1954年東京生まれ。1978年に「三菱自動車工業株式会社」入社。本社の海外部門で、輸出や物流、生産計画などの業務を担当。1999年より5年間、オランダで欧州全体の生産・物流をコントロール。その後、日本で再び海外部門を担当した後、2011年よりフィリピンに着任。趣味は読書やゴルフ、スキューバダイビングなど。
〈座右の銘〉
「有言実行」
「不言実行」が昔から好きでしたが、会社では「有言実行」でなければいけないと実感しています。
急速な経済成長を遂げ、本格的なモータリゼーションの到来が間近に迫るフィリピン。今回は、この地に進出して50年以上、フィリピンをASEAN地域における中核市場として位置づける「ミツビシ・モーターズ・フィリピンズ・コーポレーション」社長の柴田 彦三郎さんにお話を伺いました。
編集部
フィリピン勤務を任命された時の第一印象は?また、実際に暮らしてみた感想は?
柴田さん
色々と海外には行きましたが、フィリピンは今回の赴任が初めての訪問でした。夜に到着すると、ターミナルは真っ暗で人がたくさんおり、少し走るとバラックばかりで驚きました。環境に慣れてくると、フィリピン人は親しみやすく、日本人に対するリスペクトもあるので、嫌な思いをした事もなく楽しんでいます。現在はフィリピン親派で応援団。親会社である三菱自動車の中で他の海外拠点に負けないよう、フィリピンのセールスマンとしてこの国の魅力を売り込んでいます。
編集部
自動車販売におけるフィリピン市場の可能性についてお聞かせください。
柴田さん
フィリピンの自動車マーケットは、総需要が11月時点で前年比28%増加するなど、急速に伸びてきています。一般的に、一人当たりGDPが約3,000ドルになると自動車が急速に売れるモータリゼーションが始まると言われており、インドネシアやマレーシア、タイ等の東南アジア諸国は既にそういう状況にあります。フィリピンも2,800〜2,900ドルまで伸びてきており、モータリゼーションが進みつつあると感じています。市場規模の大きい国で、これだけの成長率を誇る国は現在世界中になく、フィリピン景気の好調を示す一つの例と感じています。
フィリピン市場における総需要は、2013年が21万台でしたが、2014年は26〜27万台、2020〜2022年ごろには50万台まで伸びると予想しています。この国は政治と経済が安定すれば、成長の魅力がたくさんあると思います。人口は1億人を超え、個人の収入も増えてきています。フィリピンの人がOFW等で海外に出稼ぎに出る理由の一つは国内に雇用の機会が少ないからであり、製造業が足りないと感じています。特に自動車製造業は裾野が広く、様々な産業が関わっており、自動車を作ることで生み出す事ができる雇用がたくさんあります。自動車工業会を通じた政府との会話の中で、自動車産業の活性化に向けた政府支援を求めています。
編集部
三菱ブランドがどこまでフィリピン市場に浸透しているとお考えですか?
柴田さん
当社は、フィリピンに進出した自動車メーカーの中で一番長い実績があり、2013年2月には50周年記念式典を開催しました。長年三菱車を売っている大手ディーラーも多く、業界2位のポジションを維持できています。個別モデルでは「モンテロ・スポーツ」が、「燃費の良いディーゼルエンジン」、「高い車高」、「大家族の乗れる車」といったフィリピンで求められる条件を揃え、好評をいただいています。「アドベンチャー」も上記3つの要素に加え、以前から生産しているモデルのため、部品交換の容易さもある事から、よく受け入れられています。
また、マルコス政権末期に他の自動車メーカーが撤退した際にも、三菱が車を作り続けたことを地元の人たちは覚えてくれています。お客様からもランサーなど歴史あるモデルの話を聞く事が多く、この国で、三菱ブランドが受け入れられていることを実感します。フィリピンで50年間継続してビジネスを続けられてきたのも、フィリピンの皆様に長年受け入れられる車を供給できてきたからだと感謝しています。宣伝になりますが、当社では2015年より「日本人ヘルプデスク」を設けました。日本人の方へのサービスも強化していきます。
編集部
ラグーナに工場を移転されますが、その目的は?
柴田さん
次の50年に向けてさらなる成長を遂げるため、生産面や物流面を強化する目的で工場の移転を決断しました。既存工場近くでは宅地化が進んでおり、将来的な拡張が難しい環境になってきていました。今回の移転により、敷地面 積が拡大し更なる拡張が可能となります。また他の自動車メーカーや部品メーカーもカルバルゾンに多くあるため、ロジスティックスコストの削減も可能になります。
編集部
フィリピン国内で力を入れている商品は?
柴田さん
ミラージュがフィリピンで2013年のカー・オブ・ザ・イヤーを獲得しました。従来からフィリピンで親しまれている「大家族向けの車種」と、所得が上昇するにつれて核家族化する過程の中で、若者世代が自らの給料で購入できる「小型車種」の両セグメントの販売が増えてきており、このトレンドは今後も続くと見ています。当社としましては、モンテロ・スポーツやミラージュなどを中心にフィリピンの方に受け入れられる車種を供給したいと考えています。尚、販売目標として2020年に10万台を目指してまいります。
編集部
環境規制への対応などは?
柴田さん
日本では、「環境対応」や「安全」が注目されますが、この国ではその段階までにもう少し時間がかかると思います。アイミーブやPHEV(プラグインハイブリッドEV)アウトランダーは日本から持ち込み、実証実験や試乗会は行っておりますが、まだ販売には至っていません。
アイミーブをフィリピンへ輸入してきた際、自動車よりも高い家電の税金(30%)が課されました。自動車業界全体で、環境車に対する優遇制度などの支援策を政府に提言していますが、あまり進展はないのが現状です。とはいえ、販売に向けた準備は進めています。
編集部
フィリピン国内における設備投資の計画については?
柴田さん
新工場の拡張に向けた設備投資があります。また、マーケットの拡大に対して、ディーラーやサービス拠点を増やし、お客様の要望に広く応えられるような体制を整えてまいります。新工場では2015年1月から生産を開始しますが、将来的な新車種の投入など次のステップに向けて現在準備を進めています。当社は、この地でビジネスを50年続けたことにより高いブランドイメージをいただいており、また今後に向けたポテンシャルもあるので、三菱としては非常に魅力的なマーケットと捉えています。他のASEAN地域とともに、お互い切磋琢磨しながら取り組んでまいりたいと考えています。
編集部
フィリピン政府に期待することは?
柴田さん
自動車産業の支援策、環境車に対するサポート、そして物流です。フィリピンで自動車生産台数を増やし、雇用を生み出すことが重要と感じています。電気代も高く、人件費も安くはありませんが、英語ができて人柄も良い国です。自動車部品輸出企業も多いため、そういった企業と協力し、他のASEAN地域に対しても競争力のある車を生産していく為には政府の支援が必要です。他のASEAN地域と競争していく為には今がラストチャンスだと思います。また、貨物が20日間も港に滞在するなど、輸出入において困難な状況が続いています。スービックやバタンガス港は規模が小さく、マニラ港も拡張の動きがよく見えてきません。経済の成長に伴う物流の伸びに対して、時間のかかる港や道路などのインフラ開発の対策が遅れている印象です。
編集部
ローカルの方々をマネジメントする上で、心がけていることはありますか?(成功談や失敗談などございましたらお聞かせください)
柴田さん
従業員は930人(うち日本人駐在員が15人)です。3つある労働組合としっかりコミュニケーションを取り、お互いの立場を尊重しながら対応するように心がけています。不思議に感じる点としては、仕事のプロセスにおいて日本流のきめ細かい詰めがなくとも、結果は同じものが出来上がることです。また、こっちが怒っていると笑い出されたりすることもありました。初めは違和感を感じましたが、自分の考えが常に唯一の方法ではなく、色々なアプローチがあるのだと考えさせられる部分もありました。
2002~2004年ごろ、当社はダイムラー・クライスラーの傘下に入り、上司がいきなり日本人からドイツ人にわりました。ドイツ人は日本人に感覚が近く上下関係が厳しいので、上司に違った意見を述べるのが大変でした。それに比べ、フィリピン人はフレンドリーで、上司にいろいろな事を言ってくるという点でその頃との違いを感じています。言いたい事を言える、聞く事ができる環境は大事だと思っています。また、工場内の安全にはすごく気を使っています。バスケットボール大会でケガ人が多く出た時には、「何の為に大会を開催したのだろう」とがっかりした事もありましたが、彼らにとってバスケットはとても重要なもので、とても大会中止は言い出しきれませんでした。シーズン中は、常に怪我がないようにとヤキモキしています。
また心がけている事として、イベントやパーィーにはできるだけ参加するようにしています。フィリピン従業員と一緒の時間を共有する事により仲間意識も生まれ、お互いの文化の違いも実感できます。ただ写真をすごく撮るのですが、その写真をもらった事がないのはフィリピン共通ですね。
編集部
フィリピンでのビジネスについて、苦労している点は?
柴田さん
「友達感覚が強く、秘密が守れない」ところがあると思います。内緒にしていたつもりなのに情報が漏れ、痛い目にあったこともあります。友人を大事にする反面、友人には何でも話をするような面もあるように感じます。
編集部
仕事をする中で、日本との違いを感じる時は?
柴田さん
「スピード感を伝える」ことが難しいと感じる事があります。日本では常に期限を意識していますが、フィリピンでは夜中まで作業をして仕上げるなどといった感覚が乏しく、プライベートの用事があれば仕事を抱えていても帰ってしまう面もあります。そういった時には、日本人駐在員の出番になってしまいます。もちろん人にもよりますし、交通機関の問題もあり、「止むなし」という面もあるかとは思います。
編集部
プライベートな時間はどのように過ごされていますか?
柴田さん
本を読んだり、ゴルフをしたりという平均的な単身駐在員生活をしています。
編集部
今後の展望や夢についてお聞かせください。
柴田さん
フィリピンの成長とともに、この国でのさらなる飛躍を「有言実行」で達成していきます。この地で製造業を絶やさず、地産地消により仕事を増やし、雇用を生み出すことがフィリピンにとって最も良いと考えています。