ターゲットを見据えた金融商品を投入し、生活力の向上につなげる
イオンクレジットサービスフィリピン
社長
荒木孝之さん
1962年大阪生まれ。1982年に関西の大学に進学、87年にフランスの銀行会社の大阪支店に入行。与信管理などに携わった後91年に東京支店に異動。主に法人営業を担当する。2010年ごろに退職し、上海で約3年間飲食店を営む。2013年にイオンクレジットサービスに入社。14年から現職。
〈心に残っている本〉
イスラエルの人類学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス」です。人類史を読み解く学術誌で大変勉強になります。地政学リスクや宗教学についても言及があり、そのなかで人類はどのような成長の過程をたどってきたのかを明らかにしているのが興味深いですね。人類の立ち位置を改めて定義する一冊です。
2014年にイオンクレジットサービスフィリピンの社長に就任した荒木さん。フランスの銀行会社勤務後に上海での飲食事業立ち上げに参画するなど、多彩な経歴の持ち主だ。冷静な分析力と「何事も現場に答えが落ちている」と語る熱い情熱で、フィリピン人の様々な層に適した金融商品を投入し、彼らの生活力の向上につなげている。
編集部
ご経歴を教えてください
荒木さん
1962年に大阪で生まれ、関西の大学に進学しました。大学2年生のころに米ロサンゼルスに語学留学するなど、海外に対して関心が高かったように思います。新卒では1987年にフランスの銀行会社、クレディ・リヨネ銀行の大阪支店に入行しました。合併した関係で、今はクレディ・アグリコルという会社になっています。当時はバブル前の円高不況で、メーカーは採用人数を絞っていましたので、銀行や証券会社に目を向けました。日本の銀行や証券会社に対して少し画一的なイメージがあり、外資の企業に入社しました。
編集部
業務はフランス語ですか?
荒木さん
基本は英語です。フランス人と一緒に働いてみて、彼らはとても議論が好きだと感じましたね。日本ではそういう訓練をする場があまりなかったので、最初は驚きました。
編集部
どのような業務を担当されたのですか?
荒木さん
入社後は与信枠の管理といった基礎的な業務に3年ほど携わりました。稟議書の執筆や企業の分析も手掛けましたね。バランスシートなどの書類を英語で記入していましたので、様々な仕事を通じてとても鍛えられたと思います。その後は法人向けの営業のサポートを担当。顧客に資金を融資したり、ドルを円に変えたりする仕事です。フランスに拠点を構えるメーカーなど、日系企業が主な顧客でした。その後1991年に東京支店に転勤しました。
編集部
転勤はご自身のご希望ですか?
荒木さん
はい。大阪支店ではどうしても業務のサポートという側面が強かったというのが、1番の理由です。バブル崩壊後は商社などが次々に支店を閉鎖して東京に移動。特に財務部門を移転する企業が多かったため、受注が減少しました。東京で働きたいという希望が無事に通り、リレーションシップマネージャーという役職に就きました。直接取引先をもたせていただき、50歳ごろになるまで20年ほど勤続しました。
編集部
その後はどうされたのですか?
荒木さん
中国の上海に友人がおり、銀行を辞める少し前の2010年に仲間を募ってビジネスを始めました。上海で中華レストランを3年ほど経営しました。5階建てのビルを購入し、100人ほど社員も雇用。しかし中国での飲食ビジネスは経営や管理が難しいと痛感し、2013年ごろに撤退しました。
編集部
難しかった部分を教えてください
荒木さん
従業員の管理が難しく、給与の支払いなどの固定費が高かったため経営がうまくまわりませんでした。厨房のスタッフはチーム単位で採用していたのですが、条件の面では色々と議論になりましたね。振り返ってみると、私たちに足りなかったものは戦略です。テスト分析などが不十分でした。人生で1番の修羅場は上海での経験ですね。
編集部
帰国後はどうされたのですか?
荒木さん
52歳前後で次の就職先を探しました。300社ほど履歴書を出しましたが、どこにいっても開口一番に「年齢がね」と言われ、1年半ほど就職活動をしましたね。たまたまドイツの証券会社に勤めている知人と会い、彼が現在の会社を紹介してくれました。ご縁があり13年6月に入社しました。
編集部
どのような業務を手掛けられたのですか?
荒木さん
子会社のコーポレートガバナンスに携わり、経理やファイナンス、コンプライアンスをみました。14年にはマレーシアに赴任。同国には近隣のインドネシアやフィリピンを統括している会社があり、コーポレートガバナンスを担当しました。それぞれの国が課題をかかえていたのですが、分析やターゲティングが曖昧になっていることが原因でしたね。そのためタスクフォースをつくって組織を運営し、そのまま現地の会社の社長に就任しました。
編集部
現状はいかがですか?
荒木さん
3年をかけて利益を出せるようになりました。当初は金利を低めに設定し融資を募っていたのですが、顧客の中には資金を貸しても返済しないようなリスクが高い人も多い。そのため金利を高く設定して利益を生み出す仕組みに変え、リスクを分散する資産体系に改革を進めました。
編集部
借りたお金を返さない顧客がいるのですか?
荒木さん
100人に1万円を貸したとすると、回収できるのは90%ほどです。日本の場合は99%回収できます。金利が低い中10%も返却がないとなると、明らかにコスト倒れになります。そのため私たちは審査や資金回収のモデルを試行錯誤しながら構築し、今では回収率が95%を超えるようになりました。
編集部
具体的にはどのような工夫をされたのですか?
荒木さん
審査を適度に厳しくし、海外のシステム会社と連携しながらIT化を進めました。審査をあまりに厳しくしてまったために顧客がつかず、売り上げが半分になった時期もありますので、バランスが難しかったですね。顧客の信用情報を調査している会社もありますが、情報のアップデートが少なく、他行の借り入れの履歴は網羅していないなど、まだまだ情報としては不足気味です。独自の政府系機関がデータを提供しようとしていますが、まだ完成していません。民間の情報提供会社から情報を入手し、弊社内でもようやくシステム化しつつあります。政府は個人が身分を証明するための統一のIDを作ろうとしていますので、期待したいですね。
編集部
他国ではQRコードなど新しい決済手段の導入も進んでいます
荒木さん
フィリピンは日本と同じく、支払いの際に現金を使う人が多数派です。17年に国内市場で決済された11兆6060億ペソのうち、7~8割が現金払いでした。クレジットカードは富裕層の持ち物に留まりますが、プリペイドカードの普及は今後進むと思いますので、参入を視野に入れています。プリペイドの支払い履歴をみると、客の収入状況をある程度把握できます。ポイント事業も商機でしょうね。
編集部
フィリピン経済をどのように分析されますか?
荒木さん
2013年前後からフィリピンは経済成長が加速しています。1人あたりのGDPが3000ドルに近づいているのですが、この水準に達すると家電製品の売上げが伸びてきます。同国にはまだ割賦が金融市場に出回っていなかったので、商機だと考えて参入しました。フィリピンの人口は約1億人ですが、15歳以上の若年層の労働人口は約6000万人。年間所得でグループ化をしますと、50~100万ペソの人が約1割で、9~50万ペソの人たちが約6割です。国外で働くフィリピン人から国内には月に2000億円が送金されていますので、弊社でも送金事業を始めたいですね。
編集部
市場の特徴を教えてください
荒木さん
自動車や家財の購入などを含む消費者ローンは世界全体でみると17年度で13兆6千億ドルで、年間の成長率は7%ほどです。中国などのアジア圏でみると約4兆4千億ドルで、成長率は14%。フィリピンは約260億ドルで成長率は8%ほどあります。私達の加盟店の売り上げ総額をマーケットと捉えると、1000億から2000億ペソ規模ほどですので、今後もかなりの成長が期待できます。加盟店や家電量販店を訪れる利用客に割賦の登録を促し、データを集め、資金を回していけたらと思います。
編集部
低所得者向けの事業も始められたと伺いました
荒木さん
三輪タクシー「トライシクル」の運転手向けのローンを2017年7月に始めました。トライシクルを購入するためのローンです。これはGlobal Mobility Serviceという会社と共同の取り組みです。運転手は今まで車両のレンタル代は支払いますが、所有はできずにいました。ローンを組むようになると給料をすぐに使わず、計画的に貯蓄にまわすなど生活設計を始める人々が増えてきたのです。当初は1000台の契約を目指していましたが、18年は3000台と契約が進みました。3年間後には1万台まで伸ばしたいですね。
編集部
トライシクルに注目されたのですね
荒木さん
フィリピン政府が進める政策にもちょうど合致しました。「ゼロエミッション」として掲げる二酸化炭素の削減です。ディーゼルで動く既存の車両をEVに変更するとしても、インフラの整備が追いついていません。従来よりも二酸化炭素の排出量を削減できる車両に変えていく事業に私たちも関わっています。
編集部
今後の展開をどのようにお考えでしょうか?
荒木さん
今は主力の割賦事業が今後は変わっていくと思います。QRコードの電子決済になるのか、他の形になるかどうかは不透明ですが、適切な形で顧客に必要な資金を提供していきたいです。ブロックチェーンなど新しい技術はその有効性を金融業界全体で確認しているところですが、想像以上にはやいスピードでブロックチェーンを利用した台帳システムがでてくるでしょう。自社で開発するよりも、他社と組んで開発するほうがコスト面でのメリットは大きいと思います。これまでの様々な経験からどのような新事業始めるにしても、1番大事なのは現場だと考えるようになりました。答えは現場に落ちていますので、何よりも現場を大事にしたいですね。
編集部
プライベートはどのように過ごされていますか?
荒木さん
ゴルフをしたり、料理を楽しんだりしています。
編集部
座右の銘を教えてください
荒木さん
Tommorow is another dayです。明日は明日の風が吹く。「今日やらなくてはいけないことを先延ばしにする」という悪い意味ではありません。今日中に取り組んでしまえば、予期せぬ新しい展開が待っているという意味です。何事もやってみないとわかりませんからね。