フィリピンのビジネスに関した様々な情報をJETROの吉田さんに寄稿していただきます。
東南アジアのスタートアップの拠点として、シンガポールやインドネシアは大きな存在感があります。一方で、フィリピンにおけるスタートアップへの投資件数や投資額はここ数年で飛躍的に増加しており、新たなスタートアップの拠点として投資家の関心も着実に高まりつつあります。今回は成長経路へと突入しているフィリピンのスタートアップ・シーンについて説明します。(執筆日:2023年7月10日)。
<拡大するフィリピンのスタートアップ・シーン>
米国調査会社のスタートアップ・ゲノムと、スタートアップを支援するグローバル・アントレプレナーシップ・ネットワーク(GEN)が6月15日に発表した「THE GLOBAL STARTUP ECOSYSTEM REPORT 2023」によると、マニラのスタートアップ・エコシステムの規模(注1)は21億ドル(2019年下半期~2021年)から35億ドル(2020年下半期~2022年)へと急拡大しました。ファクター別のランキングでは、マニラが「人材・経験」(注2)において世界トップ25、アジアトップ10の都市に、「資金調達」(注3)においてアジアトップ20に入っています。
また、マニラ首都圏・マカティに拠点を置くベンチャー・キャピタル、FOXMONT CAPITAL PARTNERSが発表したフィリピンのスタートアップ・エコシステムについてのレポートによると、2020年のフィリピンにおけるスタートアップ投資額は3億6,900万ドル(投資件数65件)に対して、2021年は10億3,000万ドル(同92件)へと増加しています(図1参照)。これらのレポートから、フィリピンのスタートアップ・シーンが拡大傾向にあることが分かります。
図1:フィリピンにおけるスタートアップ投資額と投資件数
出所:Foxmont Capital Partners 「Philippine Venture Capital Report 2022」よりジェトロ作成。
投資を受けるスタートアップの産業分野はフィンテックに偏っています(図2参照)。スタートアップ投資総額のうち、65.8%がフィンテック向けとなっています。フィンテックの次に、メディア・エンターテイメント、ブロックチェーンと続きます。フィンテック分野での投資が多い理由として、フィリピンでの銀行口座の保有率が依然として低く(注2)、その分、デジタル技術等を駆使したフィンテックサービスが成長する余地が大きいと言えるかもしれません。
図2:フィリピンにおけるスタートアップ投資額 業種別内訳(2021年)
出所:Foxmont Capital Partners 「Philippine Venture Capital Report 2022」よりジェトロ作成。
<政府はスタートアップへの支援環境を近年整備>
フィリピン政府は近年、フィリピンのスタートアップ支援に力を入れています。いくつかの施策について、本稿にて紹介いたします。
①イノベーティブ・スタートアップ法
フィリピン政府による本格的なスタートアップ支援の嚆矢となったのが、2019年4月に成立した「イノベーティブ・スタートアップ法(Republic Act No. 11337)」です。同法ではフィリピン貿易産業省(DTI)、フィリピン情報通信技術省(DICT)、フィリピン科学技術省(DOST)といった政府機関が主導し、スタートアップに対する各種優遇措置や法人設立にあたっての手続きの簡素化について施策を打ちことが規定されています。資金面でのサポートとして、ICT分野のスタートアップに対して助成金を提供する「Startup Grant Fund (SGF)」や、シードステージからシリーズBのスタートアップを対象に投資を行う「Startup Venture Fund (SVF)」が設置されました。
②QBO Innovation Hub
2016年、DTI傘下の輸出マーケティング局(EMB)と、DOST、民間のインキュベーター IdeaSpace、米国企業JP Morganのフィリピン法人が共同でインキュベーター機関、QBO Innovation Hubを設立しました。コワーキングスペースの提供や、ネットワーキングイベント・講習会・ワークショップの開催を行っています。
③Technology Business Incubators
DOSTが運営するプログラムで、フィリピン国内各地の大学にインキュベーション拠点を設置しています。これらインキュベーション拠点にて、コワーキングスペース提供や、知財管理に関するカウンセリング等、各種のサービスを行っています。
④CREATE(法人のための復興と税制優遇の見直し)法
同法での投資インセンティブ付与対象として、「イノベーションを通じた価値創出が見込まれる経済活動」や、「研究開発活動(明確に高付加価値を創出する、生産性を高める、科学・健康分野で画期的である等の条件が課される)」、「新しい知識や知的財産を生み出す経済活動」等、スタートアップの関連分野が盛り込まれています。インセンティブ付与対象となると、4~7年間の法人所得税免除など、各種の優遇措置を受けることができます。
こうした政府の取り組みに加え、フィリピンでは経済活動において大きなプレゼンスを有する財閥企業がCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設置し、自社事業とシナジーを有するスタートアップへと出資する動きが見られます。
<市場や文化に適合したユニークなフィリピン・スタートアップ>
スタートアップの中で成功している企業の中には、フィリピンの市場や文化にマッチしたユニークなサービスを提供するスタートアップが目立ちます。例えば、第17回のJETROコラムで紹介したSaaS型の勤怠・給与管理システムを提供するSprout Solutionsです。同社は、2023年4月にマイナビや東京とシンガポールに拠点を置く投資会社、ACAインベストメンツなどからシリーズBにて計1,070万ドルにのぼる資金調達を行うなど、大きな注目を集めています。
CEO兼共同創設者であるパトリック・ジェントリー氏にインタビューをしたところ、同社サービスの強みは「複雑なフィリピンの規制・制度に対して十分に対応している点」にあると言います。近年、フィリピン政府はビジネスを行うにあたっての様々な規制緩和を進めていますが、まだまだ他の国と比較して、制度運用が複雑であるのも事実です。Sprout Solutionsの成功の背景には、こうしたフィリピンの状況をビジネスチャンスに変えた点にあるでしょう。
他にもユニークなスタートアップとして、フィリピンの伝統的な小売店であるサリサリストア向けにEコマースや電子決済システム導入を行うgrowsariがあります。先進的なフィンテックとは無縁のイメージがあるサリサリストアですが、growsariのサポートを受けることで、サリサリストアにてGCASHなどのキャッシュレスでの決済が可能となります。現在、フィリピンではショッピングモールが各地で建設されていますが、庶民の買い物先として、いまだにサリサリストアは大きな存在感を維持しています。growsariはフィリピンのマス市場へとリーチする個性的なスタートアップと言えます。
<日本企業の連携先としてのフィリピン・スタートアップ>
日本企業を含む外資系企業にとってフィリピン市場への参入は決して容易でないです。様々な業種において外資規制が存在しており、行政手続きも複雑です。また、いわゆる、財閥企業が不動産や金融、小売りを中心に今後に成長が期待できる市場で圧倒的なプレゼンスを誇っており、参入障壁は決して低くありません。そうした中で、日本企業が連携先としてフィリピンの市場・文化に適合・精通したスタートアップと連携し、ビジネスを開拓していくのも1つの選択肢としてあり得ると考えています。
なお、ジェトロでは、フィリピンでのスタートアップ等との協業や、フィリピン企業への出資・M&Aをサポートする「J-Bridge」というプログラムをご用意しています。
(注1)スタートアップ・エコシステムの規模は、スタートアップのイグジットの金額や評価額を基に、スタートアップ・ゲノムにおいて算出しています。
(注2)マッキンゼー・アンド・カンパニーが2023年5月に発表したレポートによると、2021年時点でフィリピンでは15歳以上の人口のうち、銀行を保有していない割合が44.0%となっています。同割合について、タイは4.5%、マレーシアは11.7%、インドネシアは48.3%、ベトナムは59.0%です。
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