フィリピンのビジネスに関した様々な情報をJETROの吉田さんに寄稿していただきます。
コロナ禍はこれまでのフィリピン人の行動様式を大きく変えました。その一つが人々の生活の中にデジタル金融が大きく浸透したことです。本稿では、フィリピンでのデジタル金融やフィンテック産業の動向について概況を説明します。
(1)コロナ禍前の金融包摂(注)に関する状況
まず、コロナ禍前の状況について簡単に言及します。これまで、フィリピンでは金融取引口座が十分に浸透しておらず、フィリピン中央銀行(BSP)が2019年に発表したレポートでは、成人10人がいるとすると約7人が金融取引口座を有していませんでした。人々の資金調達方法について、BSPの調査では家族や友人からの借り入れが44%、正式な金融機関として認可されていない高利貸や街金等の金融機関からの借り入れが10%を占めました。これらの「インフォーマル金融」が個人の資金融通の中心となっていたのです。
(2)新型コロナ禍で非接触型の決済サービスに対する需要が急増
新型コロナ禍でフィリピン政府は厳格なロックダウンを導入し、他国と比較しても強力な経済・移動制限を行いました。そうした中で、オンライン上で送金や支払いが可能な電子ウォレットサービス「Gキャッシュ」と「ペイマヤ」が急速に普及しました。「Gキャッシュ」については、2021年10月末時点にて成人人口の70%に当たる5,100万人超が登録を行いました(「ビジネス・ミラー」紙2021年11月23日付)。また、「ペイマヤ」には2021年6月時点で約3,800万人が登録しています。
米国の格付け会社ムーディーズは2021年7月、既存の銀行についてデジタルサービスの導入・開発が遅れている点を指摘し、フィンテック企業が銀行に対して個人向け金融サービス分野で優位にあるとコメントしました。
(3)フィリピンにて新たな金融機関類型「デジタル銀行」を導入
BSPは2020年12月、物理的な支店を持たずに、金融商品・サービスをデジタルな方法によって提供する金融機関類型「デジタル銀行」を新たに導入しました。2022年4月4日時点にて、デジタル銀行のライセンスを得たのは以下の6行。なお、BSPは当面の間、デジタル銀行の数を6行に制限し、綿密に金融監督を行うとともに、これらのデジタル銀行間、あるいは既存の銀行との間での適度な市場競争が起こることを期待しています。
表:デジタル銀行の一覧
(4)フィンテック分野への投資も活発化
デジタル金融が勃興する中で、フィンテック分野への投資も活発化しつつあります。ユナイテッド・オーバーシーズ銀行(UOB)の集計によると、2021年上半期のフィンテック企業による資金調達額は3億4,200万ドルであり、2020年通年での資金調達額1億3,700憶万ドルを大きく上回りました(「フィンテック・ニュース・フィリピン」2021年12月22日付)。同記事によると、フィリピンには222社のフィンテック企業があり、業種分類では、「レンディング」が27%と最多。次に「ペイメント」(20%)、「電子ウォレット」(13%)、「ブロックチェーン・暗号資産」(12%)、「送金」(12%)と続きます。
これらのフィンテック企業の特徴として、創業者やメンバーの中に有名校の博士号・修士号等を取得している高学歴者が多く在籍していることが挙げられます。例えば、DG Daiwa Venturesが米国の投資会社Tiger Global等と2022年2月に共同出資した、フィリピンにおける暗号資産取引所を運営するPhilippine Digital Asset Exchange(PDAX)のCEO、Nichel Gaba氏は米国の名門ペンシルベニア大学ウォートン校にてMBAを取得しています。
これまで、フィリピンでは優秀な人材が高賃金を求め、海外へ就労する「頭脳流出」が課題に挙げられていました。今後、フィリピンにてデジタル金融の浸透が続くことで、海外にいる高度人材がビジネス機会を求め、母国のフィリピンへ戻って働くというシナリオもあり得るかもしれません。
(注)ファイナンシャル・インクルージョン。国民全員が基本的な金融サービスを受けられること。
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