フィリピンのビジネスに関した様々な情報をJETROの吉田さんに寄稿していただきます。
今回はフィリピンのPOGO産業について説明します。
POGO(「Philippine Offshore Gaming Operator」の略)とは、カジノ規制当局のフィリピン娯楽賭博公社(PAGCOR)の定義によると、「プレイヤーがギャンブル施設に物理的に存在せずとも、賭博を行うことができる、オンラインゲーム」を指しています。また、POGOは外国人向けのサービスで、フィリピン人はプレーすることが認められていません。
POGO産業のフィリピンでの発展や、昨今のPOGO産業に対する動向について概説します。
<オンライン・ギャンブルの歴史>
以下では、POGOの源流となる「オンライン・ギャンブル」(コンピュータ・ネットワーク上で、仮想的に開帳される賭博場(カジノ)と本稿では定義)の歴史を説明します。オンライン・ギャンブルは、コンピューターの普及とともに近年、急速に発展した産業です。その歴史は浅く、一説によると、1994年にカリブ海の小国、アンティグア・バーブーダに本籍を置く企業が最初にオンライン・ギャッブルを提供したといわれています。アンティグア・バーブーダは1981年に英国から独立を果たした若い国です(「アンティグア・ニュース・ルーム」紙2020年12月11日付)。同国は、独立の翌年にあたる1982年に「国際事業会社法(IBCA)」という、外資系企業もしくは外国人に対する税制優遇措置の提供およびに簡易的な法人設立を可能とした法律を制定し、独立から間もなくして外資誘致に取り組みました。同法制定以降に2つの産業が大きく発展しました。1つはオフショア金融産業です。金融産業は観光に次いで、今や同国で2番目に大きな産業となっています。そしてもう1つがカジノ産業です。カジノ産業が発展した理由として、アンティグア・バーブーダが同産業を政策的にサポートし、多くの企業にカジノ運営のライセンスを付与したことが挙げられます。
そして、アンティグア・バーブーダはカジノ産業のさらなる発展およびモニタリングを企図して、1994年に「オンライン・ギャンブル」の制度的なフレームワークを定め、国内の企業に運営ライセンスを付与するルールを設けたのです。なお、オンライン・ギャンブルはアンティグア・バーブーダにて今なお成長産業に位置づけられており、世界中の多くのギャンブラーが同国のオンライン・ギャンブルでプレーをしています。
<オンライン・ギャンブルの世界的な浸透>
当初、オンライン・ギャンブルはカジノ運営会社がリアルで行われているカジノに合わせて付随的に提供するサービスにすぎませんでした。しかし、インターネットの普及や技術革新に伴い、オンライン・ギャンブルは瞬く間に成長を遂げました。リアルで行われるカジノと比較して、運営会社側にとってオンライン・ギャンブルは同水準の利益に必要な投資コストが大きく削減できることが指摘されています。カジノの運営は、施設の管理運営費等の実物に係るコストが多額に発生するのに対して、オンライン・ギャンブルはデジタルなプラットフォームで代替するため、費用が少なくて済みます。
2000年代初期より、中国人および中華系の人々(以下、まとめて便宜的に「中華系」と記載)はオンライン・ギャンブルに投資を行い、中には自身で会社を運営する者も現れます。東アジアや東南アジアのオンライン・ギャンブル市場が成長していく中で、中華系資本のオンライン・ギャンブル産業も発展を遂げます。
<フィリピンでのオンライン・ギャンブル産業の発展とPOGOの成立>
フィリピンにおけるオンライン・ギャンブルは当初、規模が小さいものでした。オンライン・ギャンブル会社の設立は、投資誘致機関が所管している地域に制限されており、オンライン・ギャンブル会社の多くは輸出加工区に立地しました。
フィリピンのオンライン・ギャンブル産業において大きな契機となったのが、前ドゥテルテ政権下で2016年に導入された、「Philippine Offshore Gaming Operations(POGO)スキーム」です。同スキームでは、フィリピンで広がりつつあった違法なオンライン・ギャンブル事業者の削減と、業者へのモニタリング強化を目的として、政府機関であるフィリピン娯楽賭博公社(PAGCOR)が適法に運営しているオンライン・ギャンブル事業者を「POGO」として登録することにしました。PAGCORに登録されているPOGOは、同公社のウェブページ上で公開されています。POGO事業者の収益の一定額は課税され、PAGCORを通じて国家の社会経済プロジェクトの資金となっています。また、POGOスキームの下で、事業者はマカティ市やパラニャーケ市、パサイ市などの地域に立地することが可能となりました。
POGOスキーム以降、フィリピンのオンライン・ギャンブル産業に巨額の外資が流入し、同産業は大きな成長を遂げました。POGOの成長に伴い、同産業から得る政府の課税収入も増加していきました。PAGCORによると、2016年の課税収入は7,372万ペソ(1億7,692万円、1ペソ=2.4円)に対して、2017年には31億2,000万ペソ、2018年には61億1,000万ペソ、2019年には57億3,000万ペソと高水準で推移しました。POGOスキーム導入以前は、オンライン・ギャンブル産業からの課税収入はせいぜい5,600万ペソであったことに鑑みると、顕著な伸びです(「マニラ・ブリティン」紙2020年5月3日付)。また、POGO産業に従事するワーカー向けレストラン等のサービス産業の進出も起こりました。
POGOスキームについては、賛否両論があります。正の側面として、オンライン・ギャンブル産業の透明度が高まった可能性が挙げられます。POGOスキーム以前は、オンライン・ギャンブル事業者の大半が違法に運営されており、これら事業者の活動について政府がほとんどモニタリングや課税ができていませんでした。オンライン・ギャンブル自体は、マネーロンダリングにつながりやすいといった危険性も産業自体に内包しており、そうであるならば、政府が産業を制度化して、事業者へのモニタリングを十分に行い、事業活動に対して課税できる体制を構築した方が社会的な厚生は高まる可能性があります。
一方で、負の側面として、POGO関連産業に従事する外国人のフィリピンへの渡航が急増し、彼らがフィリピンへ居住したことで、マニラ首都圏を中心に急速な地価高騰をもたらし、一般的なフィリピン人の居住費負担が大きくなったとの指摘もあります。図1、図2はフィリピンの民間建設関連指数を示しています。
図1:民間建築関連指数(住宅)
図2:民間建築関連指数(非住宅)
住宅・非住宅いずれも、金額等の指標は2016年からコロナ禍前の2019年まで急上昇しています。また、外国人が短期間に多数居住したことで、既存の住民との間に心理的な摩擦が発生したとの見解もあります。
<コロナ禍以降、POGO産業は曲がり角に直面>
コロナ禍によって、フィリピンの様々な産業分野はダメージを受けました。POGOもその例外ではなく、コロナ禍で約50%の規模まで産業が縮小したとの推計もあります(政府通信社2021年9月23日付)。その理由として、国境間の渡航制限によってPOGO事業所での従業員確保が困難になったことや、POGOへの課税強化措置導入が挙げられています。
また、昨今、問題となっているのが、営業停止となったPOGO元従業員のビザ失効に伴う不法滞在問題です。2022年9月、PAGCORは違法で運営されている175社のPOGO事業者の営業を停止しました。同措置によって、ビザの滞在期限が切れてしまい、フィリピンに不法滞在となる外国人が40,000人にも上るとフィリピン政府は推計しています。これらの人々について、フィリピン政府は一部、ビザ更新の拒否や国外退去に着手しています。
フィリピンでのPOGO事業活動について、全面的な禁止も検討されているとの報道があります(「フィルスター」紙2022年10月27日付)。本稿執筆時点(2022年11月12日)では、POGOの全面的な禁止について、マルコス大統領やフィリピン政府は公式な措置実施の発表を行っていません。POGOがフィリピンの治安や国に対するレピュテーションに悪影響を与えている可能性があり、POGOの全面的禁止を支持する見解があります。一方で、フィリピン政府がPOGOを仮に全面的に禁止した場合、不動産業を中心に多額の経済的なロスが発生しうること、関連セクターに従事するフィリピン人の大規模な雇用喪失が生じること(「マニラ・スタンダード」紙2022年11月11日付)、オンライン・ギャンブル産業のインフォーマル化が進むとの指摘もあります。
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