昨今、日本を含む世界中で、デジタル人材の獲得・育成の重要性が指摘されています。フィリピンにおいてもコロナ禍以降、経済のデジタル化が大きく進展し、情報通信業や金融業などで高度なコンピューター技術を有する人材への需要が高まっています。今回、ジェトロはフィリピンにおけるコンピューターサイエンス教育の最高峰の1つである、フィリピン大学ディリマン校計算機科学学部を訪問し、ウィルソン・M・タン准教授(以下、ウィルソン准教授)に同学部の教育方針や卒業生の進路、日本企業との連携可能性についてインタビューを行いました。
フィリピン随一のコンピューターサイエンス教育を提供
フィリピン大学ディリマン校計算機科学学部
ウィルソン・M・タン准教授
<計算機科学学部における「コンピューターサイエンス」とは>
ジェトロ
コンピューターサイエンスとは具体的にはどのような学問分野を指しているのでしょうか。
ウィルソン准教授
コンピューターサイエンスとは、コンピューティングに関する様々なテーマを研究する、幅の広い学問領域です。通信機器などのハードウェアや、通信機器関連の技術開発、通信処理過程に関しての研究は、コンピューターサイエンスに含まれます。また、より理論寄りの分野もあります。例えば、異なるアルゴリズムの中で、どのアルゴリズムがより効率的であるか、課題に対してより効果的なアルゴリズムはどれであるのかを分析するといった研究です。
一方で、コンピューターサイエンスとIT技術は区別されると私は考えています。IT技術とは、ここでは「確立されているコンピューティングを応用する技術」と定義しましょう。例えば、既にコンピューターが目の前にあり、実行するプログラムがあり、課題解決のフレームワークが判明しているとき、どのようにして課題解決を行うのか。これはIT技術の問題となります。
IT技術に特化した人材は、多くの場合、アルゴリズムをデザインしたり、コンピューティングのシステムを考案するといったことができないのです。IT技術者の役割とは、既存のアルゴリズム・コンピューティングのシステムを使って、それらを利活用します。我々の教育で学ぶコンピューターサイエンスと比較して、IT技術はより応用に力点を置いており、個別具体的な課題に対処するのです。
今日、フィリピンの大学やスクールにおいてコンピューターサイエンスという学問領域に関して多くの混乱が生じています。コンピューターサイエンスのプログラムに関して、どのようなプログラム内容であるべきか、ガイドラインは存在します。しかし、いくつかの教育機関においてガイドラインが順守されていないのが現状です。その結果、これらのプログラムを卒業した者の中には、コンピューターサイエンスよりもIT技術に特化して学んだケースが存在するのです。
企業で雇用されると、IT技術を学んだ者もコンピューターサイエンスを学んだ者(コンピューターサイエンティスト)もコードを書くことはできます。しかし、システムを新たに構築するとなると、コンピューターサイエンティストが必要なのです。例えば、フィリピンで研究開発部門を有する技術系企業は、多くのコンピューターサイエンティストを採用していますが、一方で、IT技術者はあまり採用していません。こういった企業は研究や新規のシステム開発、そしてそれらの実証を行っており、コンピューターサイエンティストが必要だからです。
<学生が計算機科学学部を志望する理由は>
ジェトロ
計算機科学学部に入学する学生の動機を教えて下さい。
ウィルソン准教授
第1に、コンピューターサイエンティストに対して大きな人材需要があるからです。多くの学生が、卒業後の給料がよい、就職が容易といった理由で計算機科学学部を志望します。 第2に、純粋にコンピューターサイエンスに興味を持っている場合です。現代の学生は、SNSやゲームなどで多くのコンピューターに囲まれて育っており、自然とコンピューターに関心を持つのです。中には、「自分でゲームを開発したい」という学生もいます。
<フィリピン大学がファンダメンタル・ドリブン(基礎重視)である理由とは>
ウィルソン准教授
コンピューターサイエンスはゲーム開発に必要だと思って入学してくる学生が多いのは事実です。しかし、コンピューターサイエンスの学問領域は前述のとおり、非常に幅広いのです。そして、IT技術やゲーム開発と比較して、コンピューターサイエンスはより理論的・数理的なのです。計算機科学学部では、プログラミングやキーボーディングについて学ぶ授業も数は少ないですがあります。しかし、他の多くの授業はプログラミングがテーマではありません。これらの授業の中では、プログラミングが使用されますが、プログラミングの技術は習得していることを前提としています。
計算機科学学部では、「ファンダメンタル・ドリブン(基礎重視)」を掲げています。私たちは学生がコンピューターサイエンスの基礎を身に着けてほしいと願っています。プロとしてコンピューターサイエンスの分野で成功するには、生涯を通じて学習を継続することが重要であり、物事は日々変化していくと認識する必要があります。
技術も日々進歩していくものです。今日では多くのスクールがデータサイエンスや深層学習について学ぶ新規のプログラムを設置し、学生集めのマーケティングを行っています。しかし、卒業して5~10年も経てば、学んだことの多くは陳腐化してしまうかもしれません。もしあなたが応用的な学問分野のみを学んで、確固たる基礎を取得する努力を怠れば、厳しい言い方になりますが、すぐにあなた自身が時代遅れな存在となり、新たな時代についていくことができなくなるでしょう。しかし、もしあなたが数学や物理学、電子工学について確固たる基礎的な理解を備えていれば、今後に流行する新たな技術・知識をこれらの学問分野で培った概念の変化形の1つとして、習得することができるでしょう。これこそが、計算機科学学部がファンダメンタル・ドリブンである所以です。コンピューターサイエンスの分野は多岐にわたっていますが、私たちは学生が生涯を通じて学習する力を培うように、提供するコースについては細心の注意を払っています。
<卒業生のキャリア>
ジェトロ
計算機科学学部の卒業生の進路について教えてください。
ウィルソン准教授
進路については、約10%はより高い学位の取得を目指して、大学院へ進学します。残りの80%については情報通信産業の職(コンピューターサイエンティストもしくはコンピューターエンジニア)を得ます。幾人か、フリーランサーとなる者もいます。そして、わずかではありますが、自身で起業する者もいます。
<計算機科学学部と日本企業との連携可能性について>
ジェトロ
就職先としてどのような企業が人気でしょうか(国籍など)。
ウィルソン准教授
企業の国籍に関しては、私は学生が進路を選択する上で大きなファクターとなっていないと思います。学生が就職の際に重視すると思われるのは、会社の報酬や従事する職務がどれだけ技術的にチャレンジングであるのか、また、どれだけ学生にとって興味深いかです。学生は4年間をかけて学習し、様々なことを習得します。そうして身に着けた知識や技術を、実社会で応用してみたいと思うのはごく自然なことではないでしょうか。
ジェトロ
日本企業との連携可能性はありますか。
ウィルソン准教授
計算機科学学部では多くの企業と連携しています。ほぼ、毎週新しい企業と何かしらの契約を締結しています。連携内容については、企業が何を提供するのかによって異なります。例えば、純粋に卒業生を採用したいのであれば、企業はインターンシップを学生対象に行うこともあります。インターンシップは最も基本的な企業と大学との連携です。インターンシップでは、企業は簡単なタスクを学生に与え、学生は企業の文化や職業人としての生活を思い浮かぶことができます。卒業後に学生がインターンシップに参加した企業に勤めたいと願い、採用へ至るケースも多いです。
韓国のサムソンとの連携のケースでは、同社との共同研究を行っています。サムソンが抱える技術上の課題について、同社がフィリピン大学へ資金拠出を行い、同社のエンジニア、フィリピン大学の教授陣、学生が共同で課題に取り組んでいます。
今のところ、日本企業との連携事例は計算機科学学部でありませんが、私たちは日本企業との連携を歓迎します。もし連携に関心があれば、是非、フィリピン大学計算機科学学部までコンタクトして下さい。