フィリピンのビジネスに関した様々な情報をJETROの吉田さんに寄稿していただきます。
今回はフィリピンの物流について説明します。
フィリピンの物流は、島しょ国という地形的要因や政府の過去の外資参入規制、非効率な税関のパフォーマンス等によって高コスト体質が指摘されてきました。また、新型コロナ禍によってフィリピンの物流をめぐる環境は悪化し、一時的に急激な輸送費高騰が発生しました。
2022年に入り、フィリピン政府は本格的に水際対策や経済活動制限を緩和する等、物流に関する供給制約を緩める措置を取っています。さらに、マルコス大統領は、フィリピンがアセアンの新たな物流ハブとなるべく、港のインフラ整備や「港湾のスマート化」といった施策を表明しています。こうした中で、劣悪であったフィリピンの物流環境が大きく改善する可能性があるとの見解も出てきています。
<高いフィリピンの物流コスト>
フィリピンの物流がコロナ禍前より高コストと指摘されてきたことや、その理由について説明します。
フィリピンは、島しょ国であることや、外資参入規制などの制度的要因、税関の非効率性、物流インフラの未整備から、同国での物流コストは近隣のアセアン諸国と比較して高いと評価されてきました。世界銀行が2018年に発表した「物流パフォーマンス指標(ロジスティック・パフォーマンス・インデックス)」では、フィリピンの順位は160カ国中、60位でした(図1参照)。フィリピンの順位は、近隣の有力国であるタイ(32位)、ベトナム(39位)、マレーシア(41位)、インドネシア(46位)と比較して、劣後しています(注1)。
図1:物流パフォーマンス指標の順位(2018年)
出所:世界銀行の発表データを基に、ジェトロが作成。
フィリピンは、7,100余りの島々からなり、かつ経済圏がマニラ首都圏を含むルソン地方、中心都市がセブであるビザヤ地方、中心都市がダバオであるミンダナオ地方と分かれています。そのため、物品を輸送する際に、同じ島内に送るケースを除き、陸路だけで完結されることができないため、物流コストが割高になりやすいとの指摘があります(「ビジネス・ミラー」紙2018年11月8日付参照)。また、外国との間で貿易を行う場合は、国境間の物流において陸運を行うことができず、海運もしくは空輸に輸送方法が制限されるため、他国の物流状況の変化をより直接的に受けやすいとの声が日系企業よりありました。
こうした地形的特徴に加え、政策や行政運営も物流コスト高の要因となっています。例えば、税関のパフォーマンスの低さです。ジェトロが2021年に発表した「2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」では、フィリピンで事業運営する上での経営上の問題点について、「通関に時間を要する」との回答が44.7%の対象企業(全業種)からありました。また、対象企業を製造業に絞ると、「通関に時間を要する」を経営上の問題点として挙げた企業の割合は、65.1%にも上ります。特にマニラ港は、国内全体の貨物の多くを取り扱う港ですが、港湾の処理能力が低いため、混雑が頻繁に発生しています。
なお、外資参入規制については、物流コスト高の要因の1つとされてきましたが、近年、フィリピン政府は規制緩和に努めています。規制緩和の施策の1つとして、公共サービス法の改正が挙げられます。フィリピンではこれまで運送業が「公益事業」とみなされ、1936年に成立した公共サービス法において、フィリピン人もしくはフィリピン人が60%以上出資をしている企業のみに事業運営を制限していました。同法は2022年4月に改正法が発効され、外資の出資比率は100%まで認められるようになりました。他、2015年に成立した共和国法第10668号の成立までは、フィリピン国内での船舶輸送はフィリピン船籍のみ認められ、外国籍の船舶の参入は規制されていました。
フィリピンにおける競争法の執行機関として、フィリピン競争委員会(PCC)があります。PCCは2021年に発表したレポートの中で、フィリピンの運送業の市場環境について、詳細に記しています。レポートによりますと、これまでに行われてきた外資参入規制措置によって、市場での企業間競争が阻まれ、運送業にて少数のローカル企業が市場に対して強力な影響力を有するようになったと分析しています。企業間の競争が十分に行われないことで、フィリピンの運送業の近代化が妨げられ、高い水準の物流コストにつながったと結論づけています。 近年、フィリピン政府が外資規制緩和を推進したことで、外資参入が活発化し、企業間競争に伴う企業努力の促進や、外国企業の技術導入を通じて、運送業の生産性が高まる可能性があります。
その他のフィリピンの物流に関する特徴として、コロナ禍前はコンテナの滞留による港の混雑が課題とされていました。フィリピンにコンテナが滞留しがちな要因として、同国の純輸出量が近年、マイナスが続き(図2参照)、国外へ送り出すコンテナ数よりも国内に入ってくるコンテナ数の方が恒常的に多いことが考えられます。
図2:フィリピンの純輸出量(単位:100トン)
<新型コロナ禍によって物流に大混乱が発生>
フィリピン企業の多くが、新型コロナ禍下で生じた物流混乱の影響を受けました(貨物船の運航スケジュール遅延、物流コストの上昇など)。さらに2022年に入ってからは、ロシアのウクライナ軍事侵攻に起因した燃料価格の高騰が、さらなる物流コストの上昇をもたし、物流混乱を悪化させています(「インクワイヤラー」紙2022年6月14日付)。
この関連で、ジェトロは2022年6月、在フィリピンの自動車・同部品メーカーにヒアリングしました。その結果、「物流費高騰の勢いが増している」「他国からフィリピンに部品を調達する際、サプライヤーから値上げの申し入れが多く発生している」などのコメントを受けました。
一方、直近では、フィリピン政府を含め、新型コロナ対策について各国での水際対策や経済活動制限の緩和が続いています。こうした新型コロナ対策緩和を受け、例えば、航空便の供給が増加する、港湾現場での労働投入がコロナ禍中よりも円滑に行われ、処理能力が向上するといった、これまでの物流供給制約を改善しうる環境へと変化しつつあります。
<マルコス政権はフィリピンの域内物流ハブ化を目指す>
2022年7月に就任したフェルディナンド・マルコス大統領は、大統領選挙キャンペーンよりフィリピンの物流の強化に高い関心を抱いていました。 マルコス大統領は、物流ハブを目指すにあたって、港のインフラ面での整備や、港へのアクセスの改善、さらには人口知能等の情報通信技術を取り入れ、「港湾のスマート化」を図るとしています(「ビジネス・ミラー」紙2022年6月6日付)。
国際商工会議所(ICS)は2022年6月6日、現地紙の取材の中で、「マルコス大統領が政権において有能なチームを構築し、政治的な意思を持ち、リーダーシップを発揮するのであれば、フィリピンを物流ハブとすることは実行可能」とコメントしました。その理由として、フィリピンが地政学的に重要な位置に立地していることを挙げています。
マルコス大統領は2022年9月28日、マニラ首都圏郊外に立地するクラーク国際空港の新ターミナルの開会式に参加した際に、新ターミナルについて、「フィリピンをアジアの物流センターとする1つの布石となるだろう」と述べています。マニラ首都圏にあるニノイ・アキノ国際空港は、同港のキャパシティーに対して、貨物の輸送需要が大幅に超過しており、クラーク国際空港の新ターミナル建設はニノイ・アキノ国際空港の利用集中を緩和する施策の一環とマルコス大統領は位置付けています。
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