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職場における従業員のウェルビーイング(well-being)の醸成【NRI 野村総合研究所 フィリピンビジネス通信 第41回】

フィリピンビジネス通信 ~コンサルの視点から~

「サステナブルなビジネス」を実現するために 

野村総合研究所(NRI)マニラ支店では、フィリピン市場・文化に精通したコンサルタントが、フィリピン市場・業界調査や参入戦略、人材マネジメント、業務改革のコンサルティング、ITソリューションを提供しています。前号に引き続き、コロナ禍で注目が集まる「サステナビリティ」の社会的側面を、HRセクターに所属するDiane Cordova が解説します。

 

 

 

Diane Cordova
野村総合研究所(NRI)マニラ支店プリンシパルコンサルタント・HRセクターヘッド。オーストラリア・アワード奨学金を獲得し、シドニー大学にて人的資源管理・労使関係の修士号を取得。人事・組織開発を専門とし、企業の変革を支援している。

 

 

ESGの「社会的側面」は、企業の組織内外の人々とのかかわりや、企業が人々に与える影響を広範に捉えるものです。これまでの連載で取り上げてきたように、この社会的側面は労使関係、多様性、公平性、インクルージョン、帰属意識、人権保護、コミュニティへの参画など多岐にわたります。今回は従業員のウェルビーイング(well-being)に焦点を当て、組織が従業員にとって安全で健康的な職場環境をどのように醸成できるかについてみていきます。なお、世界保健機関(WHO)は、ウェルビーイングを「人々が生涯を通じて、また世代を超えて、その身体的・精神的健康の可能性を最大限に発揮し、恩恵を享受すること」と捉えています。

 

 

ウェルビーイングの重要性

 

2021年のハーバード・ビジネス・レビューによると、従業員に対してより良いウェルビーイング・プログラムを提供することは、生産性の向上、個人と組織の業績向上、従業員の燃え尽き症候群の減少など、組織にとって良い結果をもたらすとされています。

2023年のギャラップ・グローバル・ワークプレイス・レポートによると、東南アジアでは従業員の68%が、エンゲージメントが低く、最低限必要な業務遂行にとどまり(“Quiet Quitting,” 「静かな退職」とも言われる)、組織の成長に対して積極的な貢献をしていない状態であるとされています。さらに、フィリピンは東南アジアの各国比較でも、従業員が最もストレスを感じている国と報告されています。ギャラップ社は、従業員エンゲージメントの低さが及ぼす影響について、世界経済に7.8兆ドルの損失を与え、企業の成長の障壁となっていると言います。

今日では多くのリーダーが、従業員の潜在能力を引き出し最適なパフォーマンスを実現するためには、ウェルビーイングの向上が重要であることを認識しはじめています。ウェルビーイングを優先することは、従業員のモチベーションやエンゲージメントを高め、組織への積極的な貢献につながると期待されています。

 

 

従業員のウェルビーイングを醸成するために

 

2023年の日本商工会議所(JCCIPI)賃金調査の結果では、34%の企業が「従業員のウェルビーイング」を従業員のモチベーションや組織への定着率を向上させる最も重要なプログラムのひとつであると回答しています。

サステナビリティとウェルビーイングについての意識の高まりは、企業の労働力をどう位置づけるか、という考えに大きな変化をもたらしています。従業員を「資産」として最大化すべきとする考え方から、従業員の健康や幸福、エンゲージメントがビジネスの長期的な成功を左右する「ステークホルダー」としてみなす考え方に変わってきています。ウェルビーイングの重要性の高まりに呼応し、こうした考え方の転換ができるかどうかが、この先、単に(かろうじて)「生き残る」組織になるか、「長期的な成長を享受できる」組織になるかの分岐点になると言えます。

 

 

「ワーク・ライフ・バランス」からの転換

 

ワーク・ライフ・バランスとそのメリットは、仕事と生活とが相反する2つの概念であり、それらを「バランス」させるということを前提に議論がされてきました。しかし、パンデミックによって、ワーク・ライフ・バランスという前提が変わりました。従業員は、もはや仕事と生活のバランスを求めるのではなく、仕事は生活の一部に過ぎないという認識を持つようになってきました。

NRIのトータル・ウェルビーイング・フレームワークは、従業員のウェルビーイングを5つの領域で示しています。従業員に対して包括的な支援を提供することによって、従業員のQOL(Quality of Life, 「生活の質」)を向上させ、その結果として、従業員の企業や仕事に対する満足度や、変化に対する柔軟性や生産性を向上させることにつながります。

 

 

企業による研修と能力開発は、(業務上必要な)知識や技能の習得にとどまらず、より包括的な成長支援にまで広がっています。フィリピン有数のヘルスケア企業であるユニラボは、「ライフ・マターズ」と呼ばれるプログラムを導入しており、「アラガン(Alagang)・ユニラボ」(地域社会への配慮)を掲げ、若手・新入社員から定年退職後の従業員までを対象とした金融リテラシー教育から、従業員主導のアドボカシー・プログラムまで、先に示した5つの領域を網羅する取り組みを行っています。ライフ・マスターズは、経営陣と従業員が一体となり、地域社会やさまざまなステークホルダーへ貢献するという価値観を共有しています。

包括的な支援を提供することの重要性は、フィリピン国内における規制や取り組みの機運の高まりからも見て取れます。DOLE(フィリピン労働雇用省)は、従業員のウェルビーイング支援の一環として、職場にメンタルヘルス・プログラムの実施を義務づけています(参照:“10% of PH workers’ well-being is in crisis. Are employers’ wellness programs enough?” Rappler, 2022)。この政策は、メンタルヘルスの問題を抱えるフィリピン人労働者の意識を高め、必要な支援を受けられるようにすることを目的としています。DOH(フィリピン保健省)は、WHOとオーストラリア政府のサポートを受けつつ、2023年1月に全国のフィリピン人医療従事者を対象に「ウェルネス運動」を開始しました。

フィリピン人労働者全体の54%がウェルビーイングの低下を経験しており、10%はメンタルヘルスの危機に直面しているとされています。業種別にみると、IT、金融、メディア・広告、公共事業といった知識集約型産業で、より大きな問題に直面しているようです(Rappler, 2022)。

このような背景から、多くの企業が従業員の心身の健康を促進するウェルネス・プログラムを導入しています。こうしたプログラムの導入は、従業員が充実した福利厚生を受けられるというメリットだけでなく、企業にとっても、医療費や欠勤の減少など資源配分の最適化によってサステナビリティを向上することができるというメリットがあります。アヤラ、アボイティズ、ユニラボといったフィリピン企業では、包括的な従業員支援プログラム(EAP, Employee Assistant Program)を導入し、従業員が24時間365日メンタルヘルスのサポートを受けられるようにしています。現時点でのEAPの利用率はかなり低いものの、EAPの将来像は「栄養、休養、マインドフルネスといった横断的なニーズを汲み、ウェルネスを総合的に体現するものであり、メンタルヘルスはすべての人のためのものであることを認め、企業が各人のニーズを、最適な方法で提供すること」とされています。(Rappler, 2022)。
ウェルビーイングは、心身の健康だけでなく、経済的、社会的、キャリア、コミュニティといった側面や、人生の目的に至るまで、より総合的な視点へと拡大しています。その広がりの起点となるもののひとつに、いつ、どこで、どのように働くかという、柔軟な勤務形態といったニーズの高まりがあります。

 

 

監視ベースから信頼ベースへ

 

パンデミックによって引き起こされたロックダウンは、柔軟な勤務形態を否応なしに促進する転機となりました。2023年現在では、多くの企業がRTO(Return to Office, 職場への回帰)に着手しているものの、それでも大半の企業は、柔軟な勤務形態のメリットをひとたび経験した従業員の声もあり、柔軟な勤務形態を少なくとも部分的には継続できるよう模索しています。

2023年JCCIPI賃金調査結果によると、221社のうち36%が柔軟な勤務形態を導入していると回答しています。柔軟な勤務形態の導入によって、企業は勤怠や欠勤に対する考え方も見直す必要があります。

リーダーやマネジャーの最大の目標は、組織のパフォーマンスを高めることです。組織や個人のパフォーマンスを的確に測定することは難しいため、最も単純な方法のひとつとして、従業員が職場にいるかどうかによって評価するという方法が伝統的に採用されてきました。しかし、物理的に職場にいることが、必ずしも生産性の高さを示すとは限りません。柔軟な勤務形態においては特に、実際に生産性が高い状態かどうかを知る必要があります。

NRIマニラの2023年HRグローバル・アウトルック・レポートでは、従業員が仕事をしているかどうかを厳格に監視することよりも、仕事が「どのように」行われているかについて「相互の信頼」にもとづき確認することが、より重要であるとしています。

- 相互の信頼にもとづき、リーダーやマネジャーは従業員からフィードバックを得て、業務の遂行や、従業員同士のつながりを構築するために、どのような頻度でミーティングや出社が必要なのか、どのようなコミュニケーション方法がベストかについて、共通認識を確立することが必要である。
- 相互の信頼を維持するには、オープンなコミュニケーションが不可欠である。直属の上司と部下との間での定期的なチェックイン(1on1などの対話)を仕組み化することで、半期や年次のパフォーマンス評価のタイミングを待つことなく、コーチングやメンタリングといった対話を頻繁に行なうことが求められる。業務の進捗確認などのミーティングとは異なる定期的なチェックインの場を設定することで、従業員のパフォーマンスは向上する傾向が見られる(Indeed, 2022)。
- 相互の信頼にもとづくことで、従業員は自律的に休憩を取る(例えば、立ち上がって動き回ったりする)など、健康的な習慣を確立することができる。結局のところ、従業員が自社に積極的に貢献しようと思うかどうかは、企業が自身のウェルビーイングを尊重してくれているかどうかにかかっている。

またマイクロソフトは、2022年のワーク・トレンド・インデックスの中で、人々が仕事に何を求め、その見返りとして何を提供したいと思っているのかについて見解を示しています。

従業員のウェルビーイングに関する最近の傾向は、企業が包括的な従業員支援に投資するなど、単なる雇用契約の枠を超えた価値を従業員に提供することで、従業員も同様に、最低限求められている職務遂行の範囲を超えて、企業に貢献することを示しています。これは、従業員の「自律性」、成長を求め主体的に努力をすることを意味します。従業員の自律性が高い状態にあることは、企業にとって貴重な財産であり、組織の持続的成長を支える原動力であることを、企業は認識しなければなりません。従業員が自律的により良い結果のためにベストを尽くそうとする環境を醸成することは、組織と従業員の双方のサステナビリティ;持続可能な成長につながります。

 

 

本連載は「サステナビリティの社会的側面」について数回にわけて解説いたします。

 

 

当該レポートは、LinkedInでも発信していますので(LinkedIn でNRI Manilaと検索)、是非ご覧ください。

 

 

●本リサーチおよびコンサルに関するお問合せはこちらへ

Nomura Research Institute Singapore Pte. Ltd Manila Branch

住所:26th Fl., Yuchengco Tower, RCBC Plaza 6819 Ayala cor Sen. Gil J. Puyat Avenues, 1200 Makati

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