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インフレ・ファイターへと変わりつつあるフィリピン中央銀行【フィリピンビジネス情報 by JETRO 第6回】

  フィリピンのビジネスに関した様々な情報をJETROの吉田さんに寄稿していただきます。

日本においては、最近、物価上昇・円安が世論の注目を集めています。今回は、フィリピンの物価動向や金融政策について説明します。コロナ禍の最中、フィリピン中央銀行(BSP)は経済回復に貢献すべく、金融緩和を行い、政策金利を過去最低水準まで下げました。しかし、昨今のインフレ率上昇やペソ安を受け、BSPは緩和的なスタンスを修正させ、物価の安定に強くコミットする「インフレ・ファイター」へと変わりつつあります。

日本貿易振興機構(ジェトロ)マニラ /
Japan External Trade Organization (JETRO) Manila
吉田 暁彦さん Mr. Akihiko Yoshida

 

2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月より現職。フィリピン経済についての調査・情報発信と、日系スタートアップに対するフィリピンへの展開支援を主に担当。

 

 

 

<フィリピンの物価上昇率の動向>

 

フィリピンでは特に2022年の3月以降、消費者物価指数(CPI)の伸び率(以下、「インフレ率」)が高い水準を示しています。直近で発表された統計によると、6月のインフレ率は6.1%となり、フィリピン政府が目標としている、年間のCPI上昇率の目標範囲2~4%を大きく超過しています。

 

図1:インフレ率の推移(2021年5月から2022年6月)

 

 

出所:フィリピン統計庁(PSA)ウェブページよりジェトロ作成。

 

物価上昇の主因となっているのは、「食品およびノンアルコール飲料」と「住宅、水、電気、ガス」、「輸送」の項目です。以下の図はインフレ率が5.4%と高い水準に達した、2022年5月のインフレ率について項目ごとの寄与度を載せています。

 

 

図2:2022年5月のインフレ率の各項目寄与度(%)

 

 

出所:フィリピン中央銀行(BSP)資料よりジェトロ作成。

 

図2より、「食品およびノンアルコール飲料」が1.8%、「住宅、水、電気、ガス」が1.4%、「輸送」が1.3%と高い寄与度を示している一方、その他の項目の寄与度はあまり大きくないことが分かります。BSPは2022年5月の発表の中で、2022年と2023年については、原油価格の高騰やそれに伴う交通運賃の上昇、そしてフィリピン国内において豚肉や魚の供給が、持続的に需要に対して不足していることによって物価上昇圧力が発生していると結論づけています。原油の価格高騰や食品の供給不足といった問題は、短期的にフィリピン政府単独で解決するのは難しく、今後も高いインフレ率の発現リスクが存在すると言えるでしょう。 フィリピン政府の物価上昇に対する主な取り組みとしては、後述のBSPによる金融引き締めと輸入品に対する関税率の一時的な引き下げが挙げられます。後者について、フィリピン政府は輸入米やトウモロコシ、豚肉といった食料品や飼料に対する関税を2022年末まで通常よりも低率で課しています。また、石炭については通常、7%の関税が課されているところ、一時的に関税撤廃しています。関税を削減・撤廃することで、市場での供給量を増やし、これらの品目の価格高騰を緩和する効果が期待されます。

 

<フィリピンの金融政策>

 

フィリピンの金融政策では、政府が物価上昇率の目標範囲を明示し、目標範囲内に収まるように金融政策を運営するインフレターゲットを導入しています。政府は2022年から2024年まで、年間のCPI上昇率(インフレ率)の目標範囲を2~4%としています。BSPは政府が定めたインフレ率目標を実現するべく、金融政策を実施することが定められています。

BSPは、物価目標達成に向けた金融政策手段として「コリドー(回廊)システム」を導入してます。同システムでは、金融機関がBSPに預金した際に得られる金利(一般的には「翌日物預金金利」を指す)を下限金利、逆にBSPが金融機関へ貸し出す際の金利(一般的には「翌日物貸出金」を指す)を上限金利とし、短期金融市場での金利をBSPが設定する政策金利である「翌日物借入金利(RRP)」の水準へと誘導します。

BSPはコロナ禍以降、政策金利を下げていき、経済を金融面からサポートするスタンスを取ってきました。政策金利については、2020年11月の引き下げ以降、2022年5月まで翌日物借入金利を2.0%、翌日物預金金利を1.5%、翌日物貸出金利を2.5%とし、過去最低の水準を維持していました。

転機となったのは2022年5月19日に開催された金融政策会合です。同会合にて、政策金利を25ベーシスポイント(0.25%)引き上げ、翌日物借入金利を2.25%、翌日物預金金利を1.75%、翌日物貸出金利を2.75%としました。政策金利を引き上げた理由としてBSPは、国内経済や労働市場がコロナ禍から力強い回復を見せており、コロナ禍にて採られた緩和的なスタンスから出口戦略へと向かう余地が生まれたことや、インフレ圧力が高まっていることを挙げています。さらに、BSPは6月23日の金融政策会合にて政策金利を追加的に25ベーシスポイント引き上げ、翌日物借入金利を2.5%、翌日物預金金利を2.0%、翌日物貸出金利を3.0%としました。

 

<BSP総裁は追加的な金融引き締めを示唆>

 

昨今では、物価上昇に加えて、対ドルレートでの急激なペソ安が市場関係者の間で意識されつつあります。7月7日には、1ドル56.06ペソの値を付け、ドルに対して過去17年間で最もペソ安となりました(「ビジネス・ミラー」紙2022年7月8日付)。ペソ安の進展は、輸入品価格の値上がりを通じて、さらなる物価水準の高騰につながる可能性があります。

マルコス政権の下で、新たにBSPの総裁となったフェリーペ・メダーリャ氏は、こうした状況に対して金融政策で対応していく姿勢を明確に示しています。6月8日付の政府通信社報道によると、メダーリャ総裁は、物価上昇や米国での政策金利引き上げに対処するため、8月に50ベーシスポイントの政策金利引き上げを行うことも視野に入れていると発言しています。その上で、「中央銀行は物価の安定に強くコミットしており、BSPはより積極的に政策金利を引き上げる準備ができている」とコメントしています。

コロナ禍期間中においても、インフレ率が高まることは度々ありました。しかし、BSPは基本的にコロナ禍からの経済回復を志向し、金融政策での対応には消極的な姿勢を示していました。今回のメダーリャ総裁の一連の発言は、BSPが物価の番人たる「インフレ・ファイター」へと政策転換しつつあることを表しているのかもしれません。

 

JETRO サイト:
https://www.jetro.go.jp/philippines/

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