2021年1月19日
国際協力銀行(JBIC)は、2020年の日本製造業企業の海外事業展開の動向に関するアンケート調査を実施し、1月5日に結果を発表した。今回の調査は、2020年8月に調査票を発送し、11月にかけて回収したものである(対象企業数954社、有効回答数530社、有効回答率55.6%)。
この調査は、海外事業に実績のある日本の製造業企業の海外事業展開の現況や課題、今後の展望を把握する目的で1989年から実施しており、今回で32回目となる。2020年調査では、「事業実績評価」、「事業展開見通し」、「中期的な有望事業展開先国・地域」などの定例テーマに加え、個別テーマとして「新型コロナのサプライチェーンへの影響」と「SDGsの取り組みと今後の見通し」につき調査を実施した。JBICは、今回の調査結果の要旨を以下の通り発表している。なお詳細は、JBICホームページに掲載されている。
(1)海外事業は急減速、新型コロナ前の水準回復は2023年以降になる見通し
2020年は、前年からの米中貿易摩擦に加え新型コロナの影響を大きく受け、海外生産比率は33%台と、10年ほど前の水準まで急低下しており、その回復は今のところ2023年以降が見込まれている。また、今後の海外展開への強化・拡大の意欲も59%まで落ち、32年前の調査開始以来で最も低い水準を記録した。
(2)中期的有望国ランキングでは中国が首位に復帰、新たな注目国も生まれている
今後3年程度の有望な事業展開先国については、中国がインドを抜き再び首位に返り咲いた。新型コロナ感染拡大を抑えつつ経済活動を再開させるのが早かった中国と、長期間のロックダウンにより景気減速が深刻化しているインドとの間で首位が逆転した。また、ASEAN地域ではベトナム、タイ、インドネシアが引き続き有望視されたほか、フィリピンが2年連続で7位となった。また、バングラデシュなどこれまで目立たなかった国が注目を集めた。
(3)サプライチェーンの強靭化が進捗、”アフターコロナ” にむけて地産地消型の生産ネットワークへ
各企業はサプライチェーンの強靱化に向けた投資を続ける意向であるが、日本回帰の動きは限定的で、あくまで海外事業を維持しながらの対応が予想される。その中で、米国と中国のサプライチェーンを切り離した企業や、その意向をもった企業が一定数確認されており、いわゆる “アフターコロナ(あるいはアフタートランプ)” の世界において、最終消費地を軸とした地産地消型の生産ネットワークへの再編成が一つの解として認識されつつあることを示唆した。
(4)約半数の企業がSDGsに取り組み中、社会的な関心の高まりを受け模索している段階
何らかの形でSDGsに取り組む企業が回答企業の半数弱に達していることや、企業としてSDGsに取り組まなければならないという潮流が業界問わず生まれつつあることが読み取れた。
(5)厳しい環境下で新たな取り組みが模索されている
今回の調査の過程では、新型コロナと米大統領選挙を大きな環境の変化と捉え、新たなフィールドを積極的に開拓しようとする声が少なからず聞かれた。急激な社会情勢の変化の渦中で、中期的な事業の絵姿を描きにくい状況にはあるが、IT投資の拡大により国内外の情報連携を強化し、地産地消型の生産ネットワークへのシフト・最適化の模索を続けつつ、SDGsという新しいフレームワークを使った企業価値の再発見に挑戦する取り組みが始まっていると見受けられる。
<フィリピンに対する評価など>
フィリピンは中期的有望事業展開先として、2001年にベストテン入りを逃して以来、2008年まで順位の下落傾向が続いた。特に、2008年は、21位とベスト20からも転落した。その後、再上昇基調となり、2013年と2014年は連続11位、2015年は8位に上昇、15年ぶりのベスト10入りとなり、2018年まで4年連続で8位が続いた。そして、2019年はメキシコを抜き7位に浮上、2020年も連続で7位となった。2020年の得票率は10.4%で、2014年から7年連続で10%を上回ったが、2019年の11.9%からは低下した。そして、3位のベトナム(36.8%)、4位のタイ(31.2%)、6位のインドネシア(27.0%)という他のASEAN主要国に水を開けられている。ちなみに、フィリピンは2001年度以前は1997年が7位、1998年が6位、1999年が7位、2000年10位と推移していた。得票率過去最高は1995年の15.4%、過去最低は2008年の1.5%であった。
2020年調査におけるフィリピンの中期的有望の理由としては、現地市場の今後の成長性(比率54.3%)、安価な労働力(45.7%)、現地市場の現状規模(22.9%)、リスク分散の受け皿(20.0%)などが挙げられる。特に、リスク分散の受け皿が急上昇(前年4.3%)していることが注目される。一方、課題としては、治安・社会情勢が不安(46.7%)、法制の運用が不透明(33.3%)、労働コストの上昇(30.0%)、インフラが未整備(26.7%)、管理職クラスの人材確保が困難(26.7%)などが指摘された。
2016年をピークにフィリピン市場の成長性への期待が右肩下がりとなり、また同時期から治安・社会情勢への懸念が高まっている。他方、直接投資の実額は堅調に推移しており、また、安価で豊富な労働力や優秀な人材を評価する声も根強いことから、フィリピンはイメージ改善にむけた一層の努力が期待される。
長期的(10年程度)有望事業展開先に関しても、フィリピンに対する最近の評価は上昇基調となっている。速報資料では総合10位までの順位が明示されているが、近年ではフィリピンは2015年までランク外であった。しかし、2016年は10位にランクイン、2018年まで10位が続いてきた。そして、2019年は8位(得票率11.8%)へと上昇した。2020年は9位(得票率9.5%)へと1ランク低下したが、ベスト10入りが続いた。ただし、中期的有望事業展開先と同様に、3位のベトナム(31.1%)、5位のインドネシア(26.9%)、6位のタイ(23.1%)とは大きな差が付いている。また、8位のミャンマー(9.8%)の後塵を拝している。
なおJBICは、今回の調査結果を踏まえ、国際的な競争にさらされている日本企業の海外事業展開支援及び各国・地域の投資環境改善に向けた現地政府当局や関係機関との対話などを引き続き行っていく方針である。