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日本とフィリピンの架け橋となって20年余り
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このコーナーでは毎回フィリピンと深い係わりのある、またはがんばる日本人を紹介していきます。
今回は、日本とフィリピンの架け橋として日比間の親善と在比困窮日比混血児の支援のために多岐にわたる活動を展開している、(社)ジャフィール(日比)協会理事長の島田栄さんにスポットを当てました。

日本とフィリピンの架け橋となって20年余り

(社)ジャフィール(日比)協会理事長
島田 栄さん



 
「フィリピンで勉強しないか」- 運命の東京オリンピック

simasan1.jpg 島田さんがフィリピンに渡るきっかけとなったのは、1964年に開催された東京オリンピックである。当時、島田さんは青山学院大学の英米文学科に学んでおり、40人あまりの学生通訳が同学院から抜擢され、国立競技場に配備された。その中で島田さんは貴賓席担当となり、そこで知り合ったのがバギオ市の大学学長夫妻。「スカラーシップを授与するから、バギオで勉強しないか」という、思いがけない誘いを受けたのであった。

その翌年、島田さんは横浜からフィリピンへ向かう豪華客船「アメリカン・エクスプレス」の乗客の一人となる。ちなみにその当時はまだ日本からマニラへの飛行機は飛んでおらず、フィリピンへは海を渡って行くしかなかった。マニラへの航空便が就航したのは、島田さんの渡比から4年後の1969年になってからである。
フィリピンに渡った翌年の1966年、島田さんはバギオで結婚式を挙げた。



日比の架け橋、ジャフィール協会の誕生 
1987年2月21日、(社)ジャフィール(日比)協会を設立。当初は1)機関紙「ジャフィール通信」の発行、2)日本人訪比者への協力、3)日比混血児の世話、及び4)日本人戦没者慰霊碑の維持管理 をその活動内容に定め、運営を開始した。現在、協会の活動も「里親制度」や「マンゴの里」をはじめ、多岐に渡ったものとなっている。



ジャフィール国際里親制度 simasan2.jpg
協会が現在行っている数々の活動の中でも、特に「里親制度」が一般的によく知られるようになった。
「里親制度」とは、学業成績優秀にもかかわらず、経済的理由により就学困難なフィリピンの子供達に資金面において援助をする制度であり、奨学制とは異なる。

最盛期には660人に及ぶ里子たちが里親の支援を受けて就学していた。しかし、今まで協会の活動に賛同し、長年の間里子を学資面で支援してきた里親が高齢に達して一人、また一人と年金生活に入っていくにつれ、里親の数が徐々に減少し、里子の数も現在では200人ほどになっている。

        

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マンゴの里プロジェクトとジャフィール学園
現在協会が最も力を入れているのが、中部ルソンのマンガタレム地区にある「マンゴの里」。マニラから車で約4時間の距離にある「マンゴの里」の農園では、支援者の協力による2400本ものマンゴの木が区画別に植えられている。島田さんは、ここで成ったマンゴの実を売却して得た収入を元手に、将来は100名を収容可能な「ジャフィール学園」を建設する計画を進めている。

日本人の父親に捨てられた日比混血の子供達100人ほどを収容する「ジャフィール学園」では、子供達に日本語を教え、かつ最寄の公立学校に通わせる。また、無職の母親については「マンゴの里」で働いて収入を得られるよう、指導していくとのことだ。

去年の2007年11月1日に65歳の誕生日を迎えた島田さん。1965年に初めてフィリピンの土を踏んでから40年余りの歳月がたった今、娘さんと息子さん、そしてお孫さん2人に囲まれ、マニラの郊外で楽しい日々を過ごされている。






プロフィール

島田 栄  (社)ジャフィール(日比)協会理事長
1942年生まれ(65歳)。1964年に開催された東京オリンピックで知り合ったバギオ市の大学教授の誘いを受け、翌年1965年に奨学生としてフィリピンに渡る。1987年2月1日に(社)ジャフィール(日比)協会を設立。機関紙「ジャフィール通信」の発行、「里親制度」や「マンゴの里」に代表される日比混血児への保護・支援・学資援助・就学促進活動、日本人来比者への協力、日本人戦没者慰霊碑の維持管理など、日本とフィリピンの架け橋として日比間の親善と在比困窮日比混血児の支援のために多岐にわたる活動を展開している。同協会現理事長。


当協会についてのご質問・ご相談は、(社)ジャフィール(日比)協会へ。
的確なアドバイスとご協力の手を差し伸べています。

■マニラ本部事務局
 JAPHIL (NIPPI) SOCIETY OFFICE
 5TH Floor (Penthouse) Cynros Bldg., No. 513 Alonzo St.,
 Malate, Manila, Philippines
 Tel: (63-2)524-1253 Fax: (63-2)524-1255
 E-mail:[email protected]

■日本国内問い合わせ先(日本国内統轄本部)
 〒895-1202 鹿児島県薩摩川内市樋脇町塔之原1305番地 馬渡照子
 Tel: (0996)37-3822 Fax: (0996)37-3807

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